より便利に、より合理的にと発展してきた私たちの暮らし。
しかし、効率主義だけでは、うまくいかないことがある。
そこで必要なのは「発想の転換」。
そのヒントを探るべく、ナレッジキャピタルの
『World OMOSIROI Award 7th.』を受賞した
川上浩司さんに、新たな発想法のひとつである
「不便益」の考え方について話を聞いた。
川上 浩司
HIROSHI KAWAKAMI
京都先端科学大学 工学部 機械電気システム工学科 教授。不便さがもたらす益である“不便益”について、不便益システム研究所を立ち上げ、新たなデザインの指針を研究。
World OMOSIROI Award 7th.
川上先生のインタビューを公開中
ナレッジキャピタルのコアバリューである『OMOSIROI』を広めるための国際的なアワード。今年度は、2021年2月23日にYouTubeLiveで配信され、川上先生を含め、OMOSIROI活動やアイデアを持つ5名が受賞した。各受賞者の紹介動画はナレッジキャピタル公式ページで配信中。
川上先生 紹介動画はこちら
これまで社会ではあらゆる分野で効率化が求められ、自動化が進められてきました。でも、手間がかけられなくなったことによって、失ったものがあるのではないか? その視点から生まれた研究テーマが、不便さがもたらす益「不便益」です。
例えば車の運転。自動運転はとても効率的で楽ですが、そこに運転の楽しさや技術の向上はありませんよね。時間がかかる作業や頭を使う作業は、手間はかかりますが、作業する人間の能力が向上したり、より作業が楽しくなるという益があります。
ただ、この考え方は決して便利な生活を批判しているわけではありません。一見ノスタルジックなものを想像しがちですが、懐古主義ではなく、今ある仕組みにあえて制約を加えて、ものごとを再設計(リデザイン)することが大切です。
当初、僕は不便益をモノのデザイン指針にしたいと考えていました。効率化とは別の視点で商品を作る方法論です。その中で生まれた製品が「素数ものさし」や「かすれるナビ」ですね。社会の中でも、次々に新しい機能を付け加えてきた流れに対し、徐々に人間中心の設計が増えてきました。過剰な機能を装備するのではなく、人が経験することを大事にしたデザインが求められているんですね。
不便益を活かす範囲は、モノからコトのデザインへ、つまりプロダクトデザインだけでなく、ビジネスデザインやサービスデザインの方向にも広がっているなと感じています。ものづくりの分野だけでなく、既存のものごとを捉える視点としても、不便益は活用できるんです。実際に、さまざまな業種が「不便」をうまく活用したサービス・仕組みを展開しています。以前、航空会社が、3つの行き先を提示してどこに行くかわからないツアーをやって好評だったことがありました。あえて不便にすることで楽しみを増やしたわけです。でも、もっと不便益を楽しむとしたら、着陸するまで行き先を知らせず、パスポート持参とか水着が必要といった情報だけを出しておく。すると想像がふくらんで期待感が高まります。ほかにも、介護施設内に階段や段差をあえて設ける、バリアフリーならぬ「バリアアリー」を実践している事例もあります。物理的な障壁を取り除けば利用者の方の移動はスムーズになりますが、日常的な運動量が減り、体が衰えるスピードが加速してしまうこともある。これは便利害のよい例ですね。スタッフの方のサポートは必要になりますが、あえて施設内を不便にすることが、利用者の健康の支えになる可能性もあるのです。
この2つは、どちらも「不便益」という言葉を知っていたわけではないでしょうが、その考え方をうまく取り入れてサービスに展開している例です。
ビジネスには新しい発想が必要です。今は、便利なものさえ作れば売れる時代ではなくなってきています。ユーザーが求めているのは、完璧な便利さではなく、「少しの不便さ」が与えてくれる別の価値だという場合があるでしょう。
これから皆さんが新しいプロダクトや、ビジネス、サービスモデルを考えるとき、「より便利なものや効率的なものを生み出す」という概念だけに囚われず、発想の転換方法のヒントになってくれればと思います。「これに不便益はないかな?」を繰り返していくうちに、俯瞰で物事を見る視点や、オリジナリティーのある考えがひらめくかもしれません。
僕はこれからも「このままではいけない」と問題意識を持っている人、「どんなものを作ればいいのか?」と悩む人に、ユーザーに手間をかけさせて、なおかつユーザーに価値が生まれるデザインがあることを伝えていきたいです。
作業の効率化を追求するほど、思いがけない発見ややる気がなくなってしまうという一面があります。
そのよい例として、工場の生産方式の話があります。これまで製品の組立工程では、作業担当を細分化する「ライン生産方式」が推進されてきました。作業員の一人ひとりの手間が少なく、特別なスキルも求められません。作業をルーティン化することで、スピーディーに製造が進められます。しかし、以前から、1人または少人数のチームが組立工程を初めから最後まで受け持つ「セル生産方式」を採用するメーカーが増えてきています。この背景には、作業員の技術の向上やモチベーションが深く関わっているでしょう。一つの製品を自分一人で作り上げられる方が、やる気になりますからね。この例からもわかるように、効率化を考える時は、費やす時間
を短くするという短期的なことだけではなく、長期的に見て人がどう成長できるかといった、もっと広い視野の益を意識してこそだと思います。時間をかけることが、時には合理的なこともあるんです。
人は本来、自然に不便を求める存在なのかもしれませんね。子どもの頃って、言われるまでもなく不便益を体感してるのかなって気もするんです。下校の時に白線の上だけを通って家に帰れるか試してみるとか、わざわざ不便なことをして楽しんでいる(笑)。今度、中学1年生の国語の教科書に不便益の話が載るので、子どもたちの反応が楽しみです。
ぜひ皆さんには、社会や暮らしの中で少し手間をかけることで得られる益に、目を向けてほしいと思います。
僕は携帯電話をこれまで一度も持ったことがありません。家族も含めて周りの人はそれをわかっているので、連絡は職場のメールが中心。すぐに返事をしなくても大きな不便はありません。海外出張の際、みんなで食事に行く時に僕だけはぐれたことがあります。連絡がつかないとあわてる人たちがいる中で、僕のことをよく知っている人は、放っておいたらいいと(笑)。その時僕は、仲間を探すよりも街を楽しむことを選んで、一人で路地裏の小さな中華料理店で安い定食を食べました。それがとてもおいしかったんです。グルメサイトに載っていないような店を自分の嗅覚で見つけたら、うれしいものです。失敗したとしても、最後はいい経験になりますし、インターネットを頼らず迷ったり、お店選びに悩んだりするのも、結構楽しいですよ。
身の回りの悩みや課題に対して、不便益は活用できるのか?
不便益カードを使ったアイデアの発想方法を先生に教えてもらいました。
- 不便益カード
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不便益を考えるためのヒントを記載したカード。益を得やすい不便(黄)12種、不便から得られる益(緑)8種がある。
不便益システム研究所のサイトからダウンロードしよう!
電子レンジの便利な部分は、ワンプッシュで温めるというゴールまでいけること。これに「アナログにせよ」のカードを用いるとします。そのためには、ゴールまでの工程も増やすことになりますね。これを工学的な視点で考えるなら、例えばレンジ本体に二次元タッチパネルを付けて、横軸が時間、縦軸が出力とする時間出力曲線にする。すると、自分好みのご飯の温め方曲線ができ、好みの温め方を自分で調整できる電子レンジという新たな製品のアイデアが生まれます。
このように、問題の解決方法としてカードを活用してください。例えば、メーカーが新商品を開発するとしましょう。自社の製品の便利なところをお題にして、黄色の不便カードを適当にひいてみる。「危険にせよ…?!」とかいろんな発想のヒントが出てくると思います。ものごとをおもしろくする方法の一つは、失敗の可能性だったりするんです。不便益を活用すると、別の角度からものごとを見られるようになってきます。
皆さんも何か悩みがあったり、課題に直面したりした時、すでに便利で何も困っていない部分にあえて注目してみてはいかがでしょうか。