Interview

各界のスペシャリストにインタビュー。
意外な組み合わせで、OMOSIROI答えを探る。

Interview 石川真澄 画家・絵師×浮世絵 浮世絵表現で描く現代カルチャー

画家・絵師 × 浮世絵

浮世絵表現で描く現代カルチャー

ナレッジキャピタル恒例の「World OMOSIROI Award」において、第8回受賞者へのトロフィーを手がけた石川真澄氏。浮世絵の表現を用い、独自の世界観を肉筆で描く画家として国内外の注目を集めている。映画や音楽など、他分野とのコラボレーションも行う石川氏からは、ビジネスパーソンとして学ぶところも多い。トロフィーのアイデアの源や、独自の技法を編み出すまでの苦労など、制作への思いを聞いた。

石川真澄 画家・絵師×浮世絵

石川 真澄

MASUMI ISHIKAWA

1978年東京生まれ。高校時代、歌川国芳作『相馬の古内裏』を駅貼りのポスターで見て以来、浮世絵に興味を持つ。22歳のとき、もっとも好きな流派である歌川派の六代目・歌川豊国の存在をテレビで知るとすぐに大阪まで直接会いに行き弟子入りした。手紙のやりとりを中心に浮世絵の「イズム」を伝授されるが、まもなく六代目が他界。以降、何度も筆を折ろうとしながらも、独学で浮世絵表現を学ぶ。2015年には、ロックバンド・KISSや映画『STAR WARS』とのコラボレーションを発表し、一躍有名に。

星間大戦絵巻 侍第師範 擁懦

『星間大戦絵巻 侍第師範 擁懦』(2020年)
©& ™Lucasfilm.Ltd.

映画『STAR WARS』とコラボレーションしたシリーズ『星間大戦絵巻』のひとつ。ジェダイ・マスターのヨーダを描いたもの。ほかにダース・ベイダー、パドメ・アミダラとR2-D2、AT-AT、ダースモールを描いた作品がある。

石川 真澄

MASUMI ISHIKAWA

1978年東京生まれ。高校時代、歌川国芳作『相馬の古内裏』を駅貼りのポスターで見て以来、浮世絵に興味を持つ。22歳のとき、もっとも好きな流派である歌川派の六代目・歌川豊国の存在をテレビで知るとすぐに大阪まで直接会いに行き弟子入りした。手紙のやりとりを中心に浮世絵の「イズム」を伝授されるが、まもなく六代目が他界。以降、何度も筆を折ろうとしながらも、独学で浮世絵表現を学ぶ。2015年には、ロックバンド・KISSや映画『STAR WARS』とのコラボレーションを発表し、一躍有名に。

スケボーと浮世絵の組み合わせでかつてないトロフィーが完成

–– 「World OMOSIROI Award」は毎年ユニークなトロフィーが話題を呼んでいますが、トロフィーをスケートボードにするというのは、石川さんからのご提案だったのでしょうか?

はい。トロフィー制作のご依頼をいただいたのですが、僕は立体をやったことがなかったので、平面で描いたものをベースに何かを作れないかと思ったんです。そこで、スケートボードをトロフィーに見立てるのはどうかと提案させてもらいました。もともとカルチャーとしてスケートボードが好きだったというのもあるのですが、江戸時代の浮世絵って、芸術として捉えられているというよりも、庶民の間で楽しまれる文化だったんですね。1枚の浮世絵がかけそば1杯分の値段だったと言われているので、今ならおそらく『週刊少年ジャンプ』くらいの感覚だったはず。それくらい身近なカルチャーだったことを考えると、スケートボードに浮世絵を落とし込むというアプローチもありなんじゃないかと思いました。

–– 制作方法で工夫したところをお聞かせください。

最初から一枚絵で仕上げるのではなく、パーツごとに制作する形をとりました。5枚とも虎はすべて同じ原画で、組み合わせる武器や装束によってそれぞれの武将の特性を表現しています。スケートボードって、ステッカーをたくさん貼ってみなさん個性を出されるじゃないですか。それと同じような雰囲気を演出したくて。ぱっと見ると一枚絵のようなんですが、よく見るとそれぞれのパーツが重なり合っているのがわかるように、虎と武器・装束のトーンを変えて描いています。あとは、浮世絵表現であるということもわかりやすくしたかったので、固有の様式も取り入れました。画題を書いている右上に配置した「短冊枠」もそのひとつです。

受賞者それぞれに贈られたトロフィー

受賞者それぞれに贈られたトロフィー。『三国志』の五虎大将軍はいずれも甲乙つけがたい人気を誇るキャラクターで、石川さんも昔から好きだったとのこと。武将の名前に加え、受賞者の名前も記されている。このトロフィーのレプリカを2022年4月末以降に期間限定でグランフロント大阪 北館「The Lab.」にて展示予定。

「五虎大将軍」をテーマに5名の受賞者を讃える

–– 描かれているのは『三国志』に登場する五虎大将軍ですね。浮世絵で三国志というのは少し意外な気もしました。

実は、中国の歴史上の人物が題材になった浮世絵ってけっこうあって。江戸時代にもたくさん描かれています。『三国志』や『水滸伝』も江戸の町民が好きな作品だったんですよ。それこそ、『週刊少年ジャンプ』のような楽しみ方をされていたのかもしれません。

–– このモチーフを選ばれた決め手は?

僕が表現している様式をわかりやすく伝えられるもので、受賞者が5人いらっしゃるというところからイメージを広げていきました。1位から5位というわけではなく、みなさんが同列ということだったので、それぞれに甲乙つけがたい魅力を持つ五虎大将軍がふさわしいと思ったんです。ちょうど寅年ということもありましたから(笑)。

World OMOSIROI Award 8th.

ナレッジキャピタルのコアバリューである「OMOSIROI」を広めるための国際的なアワード。世界中から様々な活動やアイデアを持っている「人」に焦点を当て、ナレッジキャピタルから世界にOMOSIROIの価値を発信することを目的としている。第8回は、玉城絵美氏、成田悠輔氏、早川尚吾氏、ヴェロニク・べランド氏、山田果凛氏の5名が受賞。2022年2月23日に授賞式が開催された。

授賞式の様子はYouTubeを
チェック!

独学で見極めた浮世絵の焦点の当て方

–– 石川さんは高校生のときから浮世絵に興味をお持ちだったそうですが、六代目・歌川豊国氏に師事されたきっかけはなんだったのでしょうか?

興味を持ってから図書館で浮世絵の文献を見たり調べたりしてたんですけど、大学在学中にたまたま豊国さんがテレビに出ていて、初めて現代まで歌川派が続いていることを知ったんです。そこから、なんか会いに行かなきゃいけない気がして。当時97歳で大学に通っていた豊国さんがいる大阪に行ったものの不在だったので、自宅に手紙を残して翌日また会いに行って…と基本出不精なんですけど(笑)。その時は先々のことを考えないで突き動かされた感じですね。

–– すごい行動力ですね! 現代的なモチーフを浮世絵で描くのは石川さんの作品の大きな特色ですが、師事された当初からこのような作風は意識されていましたか?

いえ、最初は浮世絵の描き方を模索するところから始まりました。弟子入りした数ヶ月後に師匠が亡くなってしまったので、技術的なことは何も教えてもらえなかったんです。これからもっと教えてもらおうという矢先だったので、当時はショックでしたね。
その頃はどんな画材を使えばいいのかすら、わかっていませんでした。日本画の画材を試したこともあったのですが、全然しっくりこなくて。結局、アクリル絵具を使って洋紙に描くようになったんです。 あまり画材にこだわらず、自分に合ったものを使えばいいんだって思えるようになってから、やりたい表現を形にしていきました。

–– 石川さんがやりたかった表現とは?

版画としての浮世絵が好きなので、それを自分なりにどう表現するのかをすごく考えていました。浮世絵は絵師・彫師・摺師というプロが各工程を担うことで完成するのですが、それらをすべて自分でやるというのは考えられなくて。職人さんに頼むのも、コスト的に現実的ではありませんでした。
それで、自分ひとりで完結させられるやり方を突き詰めていったんです。下書き全体をマスキングして同じ色の部分だけカットし、そこにだけ色を塗る。それを何度も重ねることで、肉筆なのに版画のような雰囲気に仕上げられるようになりました。現代的な要素を取り入れてみるようになったのは、その方法に辿り着いてからですね。

–– ほとんど独学で身につけられたんですね。2016年にはグランフロント大阪の3周年記念ビジュアル(図1、2)も手がけられていますが、現代的なモチーフが浮世絵らしく見えるのが不思議です。

背景のぼかしや画題枠、線の強弱など、いろんな要素が重なって「らしさ」につながっているんだと思います。浮世絵の焦点の当て方って、現代的なものの見方とはちょっと違うんですよね。陰影の付け方も違うし、潔くベタ塗りして簡略化するところもあれば、ものすごく細かく描きこむ部分もある。そういったところをうまく取り入れることで、現代的なものと浮世絵を組み合わせたおもしろみを出せると考えています。

GRAND FRONT OSAKA SHOPS & RESTAURANTS 3rd ANNIVERSARY ビジュアル

(図1)GRAND FRONT OSAKA SHOPS & RESTAURANTS 3rd ANNIVERSARY ビジュアル

GRAND FRONT OSAKA SHOPS & RESTAURANTS 3rd ANNIVERSARY ビジュアル
GRAND FRONT OSAKA SHOPS & RESTAURANTS 3rd ANNIVERSARY ビジュアル

身体の一部分をトリミングし、大きく描く構図も石川さんが以前から取り入れている特有の表現方法。

“浮世絵”という様式で心象風景を描き出す

–– 意外な分野から依頼を受けることもあると思いますが、受ける・受けないはどのように判断されているのでしょうか?

瞬間的にイメージが浮かんでおもしろそうだと思えても、実際にどう組み立てるかを考えてからジャッジするようにしています。過程はどうあれ、結果的には自分の作品として責任を取らないといけなくなるので。あとから「頼まれたから仕方なく」みたいな言い訳をしそうな仕事は、したくないんですよね。単純にカッコつけたいだけだと思うんですけど(笑)、「自分の作品はこうだ」と胸を張って言えるようにしておきたいんです。

–– 石川さんはクライアントワークのほかに、画家としてオリジナルの作品も制作されていますよね。そちらはどのような思いで取り組んでいらっしゃるのでしょうか?

浮世絵という側面が強く見えるかもしれませんが、僕は内面で掘り下げたものを浮世絵の様式で表現しようとしているので、いわゆる絵描きがやっていることと変わらないと思います。心象風景を描くような感じですね。
インスピレーションの源はいくつかありますが、小説から受けることはよくあって、これまでも芥川龍之介の『蜘蛛の糸』や、平安時代に成立した説話集『今昔物語集』をテーマにした作品を制作しました。飼っている猫のおもしろい動きから着想を得ることもありますし、宇宙の話にもすごく興味があって。たとえば量子力学の考え方を精神面と照らし合わせて、深層心理を表現することにつなげていけないか…と考えたりもします。

『猫七様図 ひなたぼっこ』

『猫七様図 ひなたぼっこ』
石川真澄展覧会『深世界紀行』

オリジナルか複製かではなく、どれだけ人の心に刺さるか

石川 真澄

–– 浮世絵は版画なので、そもそも複数摺られるのが前提でした。現代ではインターネット・SNSの普及もあり、いろいろな形でアートが鑑賞されるようになっていることについて、石川さんの考えをお聞かせください。

難しいですが…たとえば依頼された作品が仕上がったとき、クライアントに現物を見せると「やっぱり現物は違いますね」「いいですね」と言われたりするんですね。とても嬉しいんですが、それって当たり前な気がしていて。本当は現物だろうが印刷だろうが、人の琴線に触れられないとダメだと思って仕事をしています。
今っていろんなことを家の中で完結できてしまうんですよね。僕自身も映画館へ行くよりは、家で気兼ねなくテレビで観ることのほうが多いですし、展覧会にも行きますが、画集や図録だけを手にとっても「すごい」って思うことはよくあるんです。どのような形であれ、作品にこめたある種の “覚悟”のようなものが伝わることが大事だと思っています。

–– デジタルアートなどで話題のNFT※についてはいかがでしょうか?

合理的に考えるほうではあるので、需要があれば利用したいと思っています。ただデジタルも先ほどの話と同じで、「オリジナルじゃないと」っていうのを超えたパワーが作品にあるのであれば、複製であっても別に構わないと思うんです。大切なのはオリジナルか複製かではなく、どれだけ人の心に刺さるかなのではないでしょうか。

※非代替性トークン。ブロックチェーンによってデジタルデータに唯一無二の資産価値を付与する技術で、所有証明書の役割も担う。

–– 今後、コラボレーションしてみたい業界はありますか?

これまでもやってきましたが、映画とのコラボレーションはやりたいですね。個人的に大好きということもあるのですが、現代の私たちにとっての映画って、江戸時代の庶民にとっての歌舞伎に近いと思うんです。歌舞伎はもともと浮世絵と密接な関係があって、どちらも江戸の町民にとっては身近なエンターテインメントだったんですね。でも今それをやっても当たり前じゃないですか。そう考えると、映画とコラボレーションするほうがかつての感覚に近いような気がして。漠然とですが、これからいろんな関わり方ができたらいいなと思っています。

–– これからの石川さんの作品も楽しみです。ありがとうございました。

『欧米銀幕偉人傳』

『欧米銀幕偉人傳』(2021年)
©2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

クリント・イーストウッド監督50周年作品『クライ・マッチョ』の公開に合わせて描いた作品。物語の世界観を大切に、キーとなる鶏を登場させた。

–– これからの石川さんの作品も楽しみです。ありがとうございました。

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