Interview

各界のスペシャリストにインタビュー。
意外な組み合わせで、OMOSIROI答えを探る。

Interview 共有と共感が育む AI時代の創造性

共有と共感が育む AI時代の創造性

世界に名を馳せる国際的なクリエイティブ機関「アルスエレクトロニカ」を率いるゲルフリート・ストッカー氏。
ナレッジキャピタル開業前から交流があり、互いに刺激し合う関係を築いている。
AIにのみ込まれるように社会常識が書き換えられていく今、我々はいったい何をなすべきか?
芸術・技術・教育と、分野横断的な視点で考える、新時代のクリエイティブとビジネスについて時代の先駆者に話を聞いた。

ゲルフリート・ストッカー

メディアアーティスト
アルスエレクトロニカ芸術監督/共同CEO

ゲルフリート・
ストッカー

GERFRIED STOCKER

1964年生まれ。インタラクション、ロボット工学、コミュニケーションなど、領域横断的な作品を手掛けるメディアアートの第一人者。1995年よりアルスエレクトロニカの芸術監督/共同CEOに就任し、数々の事業を推進する。世界の企業や研究機関でのコンサルティング業務、国際会議や大学の講師など、国際的かつ学際的に幅広く活躍している。

「アルスエレクトロニカ」って?

オーストリアの地方都市・リンツ市から世界に影響を与え続けるデジタルアートとメディアカルチャーの複合機関。1979年から開催されている世界最高峰のメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」、先端的なアートを体験できる「アルスエレクトロニカ・センター」、最先端の技術研究や文化教育を担う「フューチャーラボ」、世界で最も伝統と権威あるメディアアートのコンペティション「プリ・アルスエレクトロニカ」の4つの部門を構える。文化団体でありながらアート展示やフェスティバルのチケット販売などで収益を得て、アートとビジネス、教育、研究をつなぐ。ナレッジキャピタルとは、2013年の開業前より深く関わり、多岐にわたる分野でコラボレーションしている。

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ストッカーさんの
ココがスゴイ!

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ストッカーさんは芸術監督に就任後、現在のアルスエレクトロニカの中核施設を次々と立ち上げた。その後も企画・コンテンツの刷新や拡張を図り、若手クリエイターの発掘や国際的なアート・プロジェクトを牽引。昨年の「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」には、世界88カ国が参加、8万人を超える来場者が訪れた。
Ars Electronica Center

Ars Electronica Center ©︎Ars Electronica / Robert Bauernhansl

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デジタル革命の恵みを
だれもが享受できる社会へ

――アルスエレクトロニカはアートとクリエイティブの世界的機関として知られていますが、中でも世界中のアーティストが集うアルスエレクトロニカ・フェスティバルが有名ですね。昨秋のテーマ“Who owns the truth?(真実はだれのものか?)”にはどんなメッセージが込められていたのでしょうか?

AIやテクノロジーの急激な発展によって、あらゆるものに対して私たちの認識が変化してきています。何が真実で、だれが真実を所有するのかなど、真実に対する認識も例外ではありません。“Who owns the truth?”はそうした変化に焦点をあて、一部の大企業や組織だけでなく、私たち一人ひとりが新しいコミュニケーションにどう参加し、どう操っていくのかなど、変容との向き合い方にも議論を投げかけています。何が真実なのかは、その人の属する文化圏によっても微妙に変わりますから、多様性もこのテーマのポイントといえますね。

――現在、まさに起こっている社会変化にうまく対応するには、どうアプローチすればよいのでしょう。

10年以上前、ハイテク企業の影響力についての議論の中から、「デジタル・ヒューマニズム」という考えが生まれました。それまで、テクノロジーはビジネスばかりに焦点を合わせていたため、私たち人間のニーズにもっと目を向けて考えようというものです。先にテクノロジーがあって、それを何に活用できるのかと考えるのではなく、人間が求めるものが先にあり、その実現のために必要なテクノロジーを開発していくという、人間を起点にした考えですね。長年、このデジタル・ヒューマニズムが注目されていますが、強力なAIシステムが登場している昨今、そこからさらに一歩進んだ「デジタル・ソーシャリズム」に移行するべきだと思います。

――デジタル・ヒューマニズムから、デジタル・ソーシャリズムへと思考を進める必要があるのですね。

テクノロジーを人間のニーズに合わせることがデジタル・ヒューマニズムならば、だれもが等しく進歩の恩恵を受けられるようにすることがデジタル・ソーシャリズムです。AIシステムを訓練するには、膨大な量のデータや画像が必要ですよね。AIシステムは人類がこれまで生産してきたすべてのコンテンツをベースにして構築されます。つまり、AIとは人間の集合知のようなものなのです。しかし、この集合知は、現在ごく一部の人や企業が所有しています。この問題にアプローチするには、人類の集合知をどのようにすべての人に再分配するか、つまり、デジタル・ソーシャリズムへと時代の駒を進める必要があるのです。

――デジタル・ソーシャリズムへと向かわなければ、どのような事態が起こるのでしょうか?

近い将来、工場の労働者だけじゃなく、非常に多くの職種の人々が仕事を失う可能性があります。コンピュータの方がうまく処理できることが多いからです。AIシステムのような新しいテクノロジーから生み出されるものやそこから生じる利益が、ごく一部の人たちだけに所有され、蓄積されるようなことになれば、そのほかの人はどうやって生き延びることができるでしょうか?私たちは今、非常に大きな問題に直面しているのです。人類の叡智と財産をどのように再分配するのか、現在、さまざまな議論が巻き起こっています。デジタル・ソーシャリズムについて考えることは、非常に重要だと思います。

――今、起きているDX(デジタル・トランスフォーメーション/デジタル革命)は第4次産業革命ともいわれています。

歴史に目を向けると、ヨーロッパでは18世紀から19世紀にかけて産業革命がありました。蒸気機関や電気、大規模工場などが次々と登場し、当時のヨーロッパ社会に大きな変革をもたらしました。人は仕事を求めてこぞって都市に移り住みましたが、やがて自分たちの労働力が一部の特権階級に搾取されていることに気付きはじめます。人と社会に鬱積した不満や不平等感によって貴族制度は崩壊したのです。現在のデジタル革命を乗り越えるヒントとして、過去の産業革命から学ぶことはたくさんあります。革命がもたらす恩恵をすべての人が享受できるようにするために、社会秩序や常識を再編成する必要があるでしょう。

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交流から創造性が育まれ、
創造性からビジネスが生まれる

――アルスエレクトロニカではクリエイティブ人材の育成にも力を注いでいますが、教育面では何を重視されていますか?

今後は、学校の勉強だけでなく、生涯教育がますます重要になると感じています。数年ごとに新しいテクノロジーやツールが登場していますし、その活用方法を知るためにも継続的に学び続ける必要があります。我々アルスエレクトロニカでは、テクノロジーを使いこなすためだけではなく、クリエイティブな能力を育成することにも焦点を当てています。なぜなら、新しいものを生み出すためには、ツールを使いこなすだけでは不十分だからです。新たなものには創造的なアイデアが必要ですから、ビジネスの開発にクリエイティビティ教育は不可欠でしょう。

Florian Voggeneder

©︎Ars Electronica / Florian Voggeneder

――ビジネスと創造性は大きく関与しているのですね。クリエイティビティを育むには、どうすればよいのでしょうか?

グループやチームで仕事をしたり、課題を取り組んだりすることは、創造性を育むために非常に有効です。私ももちろん実践しています。創造性とはきわめて深い社会的現象です。私は、新しいアイデアは交流から生まれると思っています。個人でたくさんのアイデアを出すことはできても、クリエイティビティを十分に発揮することはできません。一人きりでは新しいことを見出すのが難しいのです。自分のアイデアは、しっかりと人に伝えることです。自分のアイデアを他人と共有し、知識と意見を交換し合うことで、未来は形作られていきます。また、新しいアイデアは必ずしも個人に属するものだとは限りません。いろんな意見が組み合わさってできたアイデアは、一人だけのアイデアよりもずっとずっと強力なものなのです。

――時代の流れが早くなっている今、創造性を高めることが喫緊の課題になりそうですね。

ビジネスチャンスを作るもうひとつのカギは、コミュニケーションです。私はアートやリサーチ、コミュニケーションなどの要素を併せ持つ複合機関の代表ですが、プライベートでも仕事でもほとんどの時間、人と会話をしています。自分の考えを理解し、共感してもらえて初めて物事が先に進むことを知っているからです。一人きりでは自分が手を伸ばした範囲までしか届きません。もっと先に進みたければ、ほかの人たちを巻き込んで大きなうねりを作る必要があります。人と企業、教育機関などをつなぐものとして、学際的なポジションで交流を促進するのは、アルスエレクトロニカの役割だと思います。創造性をビジネスに変換するナレッジキャピタルの試みは、ヨーロッパの我々にも多くのヒントを与えてくれます。

――学生からシニアまで、いろいろな年代の方と接する機会がおありですが、年代によってコミュニケーションの方法に違いはありますか?

コミュニケーションにおいて、世代間のギャップはだんだん狭くなっていると思います。今の60代、70代の方はコンピュータとともに生きてきた人が多いので、スマートフォンの使い方にもすごく慣れていますし、デジタル改革の行く末にも大きな興味を持っているように思います。アルスエレクトロニカでは、教育とリサーチのためにコンピュータやAIを使ったクリエイティブな特別プログラムを実施しているのですが、そこでは小学生もお年寄りも同じワークショップに参加していますよ。仕事を引退した高齢者は時間に余裕ができるからなのか、好奇心が再燃しているようにも思えます。

ゲルフリート・ストッカー氏

――クリエイティビティに対する好奇心に世代は関係ないのですね。生涯教育の大切さを実感します。教育の一環として、世界各国のアートコンペで審査員をされていますが、最近の若いアーティストにはどんな傾向がみられますか?

ナレッジキャピタルのISCA(INTERNATIONAL STUDENTS CREATIVE AWARD)という学生向けアワードの審査を毎年していますが、年々若いアーティストのレベルは上がってきていますね。日本でもヨーロッパでも教育の質が高まっているので、活用されるテクノロジーにはそれほど差はありません。そのため、技術的なトリックよりも芸術的な発想へと審査の焦点が移っています。2023年の例では、自然搾取や児童虐待、自然や惑星とのオープンなつながりを描くものなど、社会的あるいは文化的な課題に対するメッセージを含む作品が存在感を示していました。日本のアーティストはとてもクリエイティブで、テクノロジーに対する創造的で芸術的アプローチがとても興味深いですね。テクノロジーは新しい可能性を切り開くツールだということをよく理解していますし、精巧な技術や美的に洗練されているという点でもレベルが高いと思います。

ISCA2023
海外コンテンツ部門
最優秀作品
『On the 8th Day』
気候危機に関する現在の議論と、人類が地球を変化させる主要な力となっているという地質学的時代「人新世」(アントロポセン)の概念に焦点を当てた作品。

『On the 8th Day』
by Agathe Senechal from Pole 3D

『On the 8th Day』by Agathe Senechal from Pole 3D
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ストッカーさんも
審査に参加!
受賞作品をみてみよう!

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ナレッジキャピタルが主催。国内外の大学や大学院、専門学校の学生を対象とした国際的なクリエイティブアワード。ストッカーさんは長年に渡り「海外映像コンテンツ部門」の審査を務めている。

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サプライズから生まれる
新しい価値が“OMOSIROI”

――世界的に見ると、ここ大阪はどのような街でしょうか?審査委員長を長きにわたり務められています。ナレッジキャピタルには、今後どのようなことを期待されていますか?

大阪はテクノロジーの重要な発信地です。大阪大学や京都大学などの素晴らしい大学が周囲にたくさんあり、ロボット開発などの興味深い分野に取り組んでいます。大阪芸術大学には数年前にアートサイエンス学科が新設されましたね。ナレッジキャピタルのように、そうした新しい試みの中心的役割を果たしている施設もあります。今はあらゆるものにインターネットですぐにアクセスできる時代です。2025年には大阪・関西万博が予定されていますが、万博で見るものはすでにインターネットで知られている可能性があります。もはや万博は新しい技術の紹介の場ではなく、人々のアイデアを結びつけるための社会的交流のハブへと変わってきているのではないでしょうか。そういう意味で、次の万博はとても挑戦的なものになるでしょう。

――大阪がますます面白くなりそうですね。ナレッジキャピタルのコアバリューは「OMOSIROI」ですが、ストッカーさんにとってはどんなことが「OMOSIROI」でしょうか?

私にとっては、驚きと興奮をもたらしてくれるものです。現時点でいえば、科学や歴史、文化、芸術などの分野でAIがどのように受け入れられ、人に利用されるようになるかを見ることですね。AIが人類を滅ぼすかもしれないと恐れる人がいる一方で、AIを受け入れて新しい可能性を切り拓こうとする人がいます。この全世界的な動きはもはや大都市だけではなく、世界各地に広がっており、AIシステムから数々のプロジェクトを生みだしています。テクノロジーそのものではなく、人がテクノロジーを使って何をするかが「OMOSIROI」のです。

テクノロジーイメージ

――この先の社会には「OMOSIROI」人材が必要ですね。

創造性を育むために、いろいろな人がアイデアを持ち寄って交流できる場所をもつことはとても大切です。クリエイティブなコミュニティをビジネス中心のコミュニティやスタートアップ企業に結び付けるという試みにおいて、ナレッジキャピタルはとてもうまく機能しています。社会のさまざまな分野を結びつけるために、巧妙にデザインされていると思いますね。芸術的な人たちとビジネスパーソンを結び付けることは、実はとても難しいことなのです。その双方が心地よく活動でき、意見を交わせる場所があってこそ、創造的なアイデアをビジネス活動に反映するヒントが生まれます。今後も大阪とナレッジキャピタルに注目していきたいですね。

――人材育成や社会の中での役割など、アルスエレクトロニカとナレッジキャピタルには共通項が多数ありますね。ありがとうございました!

Casual Talk
休日の過ごし方は?

家族と過ごしたり、スキューバダイビングをしたり。若い頃はスカイダイビングもしました。プライベートでも芸術的なことは追求しています。経営者としての仕事とのバランスをとるために創造性を発揮するのは大切ですからね。

お気に入りの場所は?

ナレッジキャピタルにはよく来てますね(笑)。一つのところにじっと座っていることは少ないです。世界中を旅して、異なる文化的背景を持つ人たちと触れ合うことは、仕事の面でも非常に大切。だから自分が旅行好きなのは幸いです。

日本で楽しみなことは?

食事のおいしさにはいつも感動します。私がナレッジキャピタルとよくコラボレーションしているのは、大阪の食べ物が目的だよと、冗談をいうほど(笑)。以前知人に連れて行ってもらった京都の湯豆腐もとてもエキサイティングでした。

ゲルフリート・ストッカー氏

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