建築家
安藤忠雄
TADAO ANDO
1941年大阪生まれ。独学で一級建築士資格を取得し、1969年に安藤忠雄建築研究所を設立する。1979年「住吉の長屋」で日本建築学会賞を受賞し、一躍脚光を浴びる。建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞、フランス芸術文化勲章など、国内外で数多の賞を受賞。代表作に「光の教会」、「地中美術館」、パリの「ブルス・ドゥ・コメルス」などがある。ハーバードなどの名門大学の客員教授を歴任し、現在は東京大学名誉教授。
――安藤先生は世界中で広く活躍されていますが、一貫して生まれ育った大阪を拠点に活動されています。世界の都市を見てきた安藤先生の目から見て、大阪はどんな街ですか?
大阪は民間が力を合わせて創り上げた街だと思いますね。例えば、昭和初期に御堂筋を拡張した時、道路脇の建物を大幅にセットバックしなくてはならなかったのですが、その当時の地主たちは「街の発展や景観のためならば」と協力して土地を提供したといいます。中之島の発展も企業や民間の力によるところが非常に大きかった。土佐堀川と堂島川に挟まれた中之島には、歴史的な建造物がたくさんありますが、中央公会堂は株式仲買人として知られる岩本栄之助氏の寄付で建てられ、中之島図書館は住友家の寄付によって建てられたものです。橋の建設にも民間の力が現れています。大阪には多くの川があり、淀川河口地域を中心に発展したという歴史があります。川があれば行商や交通のために橋が必要になる。そこで、江戸時代には200カ所ほど橋を作ったといいます。いわゆる「八百八橋」ですね。そして、その橋のほとんどは民間が架けたものです。東京はね、公儀橋といって、政府が作った公の橋がほとんどだった。でも、大阪は町人や商人の民間の力で橋を作り上げた。こうした建築の歴史から見ても、大阪は民間が一生懸命に頑張って発展させた街であることがわかります。
――その大阪の一大プロジェクトであるうめきた開発にも、第1期から深くかかわっていらっしゃいます。今秋にオープン予定の第2期開発「グラングリーン大阪」はどのような場所になりそうでしょうか。
第1期のグランフロント大阪開発の頃から、大阪を故郷にもつ人が、「大阪に住んでいてよかった」と誇れる場所をつくりたいという思いが根底にあります。第2期のグラングリーン大阪は、その敷地の2分の1が緑に包まれた「うめきた公園」になります。街の中心部で、これほどの広大なエリアが公園になるのは、日本では非常に珍しいことですよ。私が設計を監修した公園内の文化展示施設「VS.(ヴイエス)」は、公園の自然に溶け込むように建物の周囲を植物が覆うことを念頭に設計されています。4.5haの広大な緑の公園から、梅田スカイビルの緑の壁(希望の壁)まで、圧倒的なグリーンのエリアが続いて、その横には、水のカスケードなどのダイナミックな水景が広がる第1期のエリアが連なっている。うめきた広場に展示されている芸術もなかなかいいですね。大阪にもセンスのある人がいるなあと感心しています。うめきたは、大阪駅から街に訪れた人たちが初めに目にするエリアになります。自然と共生する美しい街の風景は、国内外から訪れる人たちに相当なインパクトを与えるでしょう。これだけの要素が揃うところはそうないですから。
「うめきた公園」※イメージ
提供:グラングリーン大阪開発事業者
『希望の壁』 2012-2013 ©︎安藤忠雄建築研究所
――豊かな緑地と水が広がる、自然豊かなエリアが誕生しますね。地元の人だけでなく、観光客も多く惹きつける場所になりそうです。
大阪には他にもにぎわいのある街がいくつかありますね。例えば、心斎橋から道頓堀周辺を歩くと国際色が非常に豊かでエネルギッシュ。日本がこれから世界で生き残るためには、国際社会と真摯に向き合う必要がある。世界各国の人が集まってエネルギーを発する道頓堀は、やはりすごい場所だと思いますよ。 二つの川に挟まれた中之島は、「“水の都” 大阪」を象徴するエリアで、日本ではとても珍しい場所です。素晴らしい都市空間ですが、開発できる場所はもうあまり残されていません。その点からも、今後うめきたは、大阪の街で大きな存在感を持つことになると思います。 どの街にも言えることですが、街や建物は作って終わりではなく、そこから育てなくてはならない。都市というものは人間同士が密集して、ぶつかり合って、育んでいくものです。うめきたを拠点にして、新しい世界を切り拓くならば…、10年。そうですね、うめきたは10年後にはかけがえのない財産となり、大阪を動かす中心地へと発展するでしょう。
Relationship
大阪駅北側の進化が止まらない! 続々と開発が進む巨大ハブ「うめきた」
日本有数のターミナルJR大阪駅のすぐ北側でスケールの大きな開発が進められている。2013年の先行開発では、大阪北区の新アイコンとしてグランフロント大阪が建設され、その中核施設としてナレッジキャピタルが誕生した。美しい水景を誇るうめきた広場は、「水都大阪にふさわしい設計を」という安藤氏の提案によって生まれたものだ。第2期開発のグラングリーン大阪では、大規模ターミナル駅直結の都市公園としては世界最大級となる4.5haの緑地、マンションやオフィスなどの高層ビル建設が着々と進められている。2024年9月に先行開業する公園のエリアには安藤氏設計監修の文化装置「VS.(ヴイエス)」が登場。1400㎥の展示空間のほとんどが地中に埋め込まれ、地上に姿を現す部分は、周囲に溶け込むようにグリーンに覆われる。大阪最後の一等地といわれるうめきたの開発は、大阪の街の未来を担う一大プロジェクトなのだ。
「うめきた広場の水景」
1期開発時には、うめきた広場を中心とした水景や、北館西側のいちょう並木などの自然の景観について安藤氏が提言した。
「VS.」※イメージ
提供:グラングリーン大阪開発事業者
――安藤先生が設計監修されている「VS.」で、2025年3月に展覧会が予定されています。どのような展覧会ですか?
いろいろ思案中ですが、香川県に寄贈を予定している「船の図書館」の大きな模型を展示しようと思っています。私は、子どもたちのための図書館「こども本の森」を全国の自治体に寄贈する活動をしており、「船の図書館」もそのひとつです。香川県には24の有人島があるのですが、小豆島や直島などを船の移動図書館が巡回していくんですよ。「VS.」の展覧会では、その模型を展示し、取り組みを紹介しようと考えています。このほか2021年に完成したパリの現代美術館「ブルス・ドゥ・コメルス」の巨大模型や、北海道・星野リゾート内にある「水の教会」の1分の1模型、光の教会や住宅約150戸が詳しく見られる展示も予定しています。「ブルス・ドゥ・コメルス」の模型は4~5人で1年かけて作った大掛かりなものですし、「水の教会」は実際に水が流れる仕掛けを作ります。見ごたえのある展示になると思いますよ。
――大掛かりで魅力的な展示ばかりですね。地中建築の面白さを活用した展示方法に興味津々です。安藤先生の講演もあると伺いました。
展覧会の開催中は、私も現地で頻繁にギャラリートークを行う予定です。国内外の著名人からのメッセージ映像も展示とともに公開する予定ですから、楽しみにしてください。展示の内容は異なりますが、東京や韓国で行った展覧会では30万人の方が来場してくれました。来春の「VS.」の展覧会も、多くの人に参加いただけるとうれしいですね。
――「こども本の森」の取り組みをはじめ、寄付活動などを通して多くのことを社会に還元されていますね。
「こども本の森」は、2020年に開館した大阪の中之島を皮切りに、遠野、神戸、熊本などで続々と開館しています。2025年に松山、2026年には北海道でも開館を予定しています。先ほどお話した香川県の「船の図書館」は2025年4月からの就航です。ネパールやバングラデシュ、韓国、台湾などの海外でも同様のプロジェクトを立ち上げています。後は、本の売り上げをウクライナに寄付したり、万博に向けた2025本の桜の植樹への寄附を呼びかけたり。スタートはいつも思いつき(笑)。実際に取り掛かると大変なこともあるけれど、少しでも社会がよくなればという思いです。
船の設計図。安藤氏が中古で購入し内部を改造したものを香川県に寄贈する。まさに“動く”「こども本の森」だ。
『水の教会』北海道占冠村1985-1988
©︎安藤忠雄建築研究所
『ブルス・ドゥ・コメルスの模型』
©︎安藤忠雄建築研究所
――今後、社会がより良い方向に向かうためには、私たち一人ひとりがどういった意識をもつべきでしょうか?
今、日本は大変な時代に突入しています。かつて日本は豊かであり、世界の憧れの国でした。世界トップクラスの経済力があったのに、今や一人当たりのGDPは世界38位になってしまいました。次代を創るにはイノベーションが必要であり、そのためにはイマジネーションも大切ですが、まずは闘争心を育むことが大切です。「あいつには絶対負けない」という強い気持ちは、前へと前進する力になりますから。子どものころから、誰かと競ったり喧嘩をしたりして、闘う心を養わなくては。現在は、勉強はできても、自分で動けない、指示待ち人間が多すぎます。大阪は海が近くにある、水が近くにある。勉強ばかりでなく、自然と向き合いながら、多様な闘争心を育むことです。
――無難に生きるだけでは、社会はあまり良い方向には向かわないと危惧されているのですね。
視野を広げて海外にも目を向けるといいですよ。勢いのある国の人たちの闘争心はすごいです。「ライバルより1ミリでも先に行こう」という気迫がある。その気迫が原動力になるし、周囲も動かす。日本人から闘争心を奪ったのは他ならぬ「豊かさ」です。成功は失敗の始まりにもなります。いつまでも闘争心を失わないように、熱い思いを持ち続けることです。好きなことに没頭する集中力と、人に負けない闘争心を持ち続けてほしい。そうしなくては、日本という国が死んでしまう。
※イメージ
――先生は長い間、建築の世界の第一線で活躍されていますが、仕事に対して熱い気持ちを持ち続けていらっしゃいます。
建築には14歳から熱中していますから(笑)。好きというのか、とにかく面白い。中学2年生の時に、当時住んでいた平家の長屋を2階建てに改築することになって、家に若い大工が来たんです。その大工さんは、朝8時ごろに来て、昼飯を食べるのも忘れて夜の7時ごろまでノンストップで一心不乱に作業するんですよ。それを見て、「ああ、面白そうだな」と。これが、私が建築に興味を持った一番初めの体験ですね。その後、高校を卒業して独学で一級建築士の資格を取ったんです。若い当時は仕事に熱中していたから、昼飯なんて食べる暇はなかった。毎日毎日、棒を持って現場を走り回っていました。
――寝食を忘れるほど没頭していたのですね。仕事に熱中するための秘訣は何でしょうか?
仕事には向き不向きがあるいうけれども、どんなに頑張っても向いていないことには熱中できません。「好きこそものの上手なれ」というのは本当で、好きなことには一心不乱にのめり込める。私自身も、無我夢中で24時間建築のことを考え、飯を食べるときも考えていました。30~40歳ぐらいまでは、ずっとその調子で仕事をしていましたね。今に至るまで、建築をやめたいと考えたことは一度もないです。次はどんな面白いことができるだろうか、それが街や人にどのような影響を与えるだろうかと、いつも考えています。金額の大小で仕事を決めることはないですね。国内外の大プロジェクトから個人宅の建築までいろいろな規模の依頼がありますが、どれを引き受けるかはほぼ直感で決めます(笑)。もちろん、仕事をする上で、経済的な見通しが立つことは大前提ですよ。私も大阪で生まれ育った人間ですが、大阪の人は儲けることに敏感です。美しい大阪を儲けられる街に育てるために、自分の好きなことに熱中し、思いきり闘争心を燃やし、街の推進力になってほしいですね。
――儲けることとは、街や人、国のすべてを包括するグローバルな経済効果なのですね。熱中する力と闘争心を大切に、そして、次に来る面白いことに心躍らせながら、街を育んでいきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。
Time Management
世界の建築家はどう過ごす!? 安藤忠雄氏の一日
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起床後、6時45分から40分間ほどウォーキング。その後、ラジオ体操のような軽いエクササイズを行う。その後、8時ごろに朝食をとる。
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10時頃に大阪市北区にある事務所に出社。仕事を開始する。
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昼食のために13時ごろに事務所のスタッフとともに外出。この際、スタッフから現在の仕事の進行状況や経営状況の報告を受ける。事務所に戻り、仕事を再開する。
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18時15分になるとアスレチックジムに向かい、1時間ほど運動を行う。シャワーを浴びた後、夕食をとって自宅に帰宅。