バンクシーは社会問題への風刺や政治・文化への批判を特色とする作品を制作しています。
正体は謎に包まれ、珍しく応じたインタビューでは、家族でさえごく普通の画家だと思ってていると語っています。
おそらく正体不明であることがさらに人気を呼び、今やバンクシーは現代のストリートアートにおいて最も有名で最も論議を呼ぶアーティストの一人になりました。
彼の作品が登場したのは1990年代の終わり頃、英国のブリストルが最初でしたが、初期の活動については情報があまりないようです。
2000年頃ロンドンに居を移し、以来彼が発表するステンシル・アート作品(訳註:ステンシルと呼ばれる型紙を用いたグラフィティアート)は世界のアートシーンを象徴する存在となっています。
バンクシーの恩恵を大いに受けて、ロンドンの街には世界でも指折りの、活気にあふれ刺激的なストリートアートシーンが生まれました。
バンクシーならではの作品と社会批評は、ロンドンを中心に定期的に現れます。残念ながら、ロンドンで描かれた原作の多くは、破壊されたり、シティ・カウンシル(区議会)に塗りつぶされたり、収集のために描かれた壁ごと撤去されたりして、もはや目にすることができません(あるいは殆ど見えない状態です)。
「If Graffiti changed anything it would be illegal」(もしグラフィティで世の中が変えられるのなら、グラフィティは禁止されているはずだ)もバンクシーの作品の一つで、フィッツロヴィア地区の建物の壁に見ることができます。
赤いアルファベットの大文字で記されたフレーズの下に二本足で立つネズミが描かれています。
この作品が現れて間もなく、地元では、グラフィティ全般の撤去を方針とするウェストミンスター・シティ・カウンシル(シティ・オブ・ウェストミンスター地区の区議会)からこの作品を守る運動が起こりました。
グラフィティは区議会が介入する前に、劣化防止のためにアクリル樹脂で覆われました。今も作品は確認できるものの、訪れた人の名前が至る所に書かれて見えにくくなっています。
2021年5月、私はここロンドンで開催されたバンクシー展を訪れました。
ロンドンで開催される前にこの展覧会はすでにヨーロッパや米国、オーストラリアなど世界各地を巡回し、何十万という来場者を迎えていました。
当のバンクシーは今も正体が知られていないのですから、当然ながらこの巡回展は公認されたものではなく、彼自身がキュレーターを務めたわけでもありません。
展示された数十点の作品には、版画や彫刻、さまざまなオブジェをはじめ、ポスターやキャンバスなどが含まれていたように記憶しています。バンクシー作品の特徴が最も色濃く表れる20世紀末に制作されたものを中心に、個人所蔵のコレクションから出品されていました。
コベント・ガーデンのセブン・ダイアルズ地区にある1000㎡超の地下の一室に、インスタレーションが見事な配置で展示されていたのを覚えています。
建物の独創的なレンガ造りのアーチを背景に、黒を基調とした壁面にスケッチや作品が展示されていました。
ロックダウン後に初めて訪れた展覧会でしたし、コロナ禍で停滞したロンドンの文化復活を目指す見逃せないイベントの一つでもあったので、とても印象に残っています。
さて、バンクシーと言えば、リーク・ストリートにバンクシー・トンネルと呼ばれるスポットがあります。ウォータールー駅下の全長300mの地下トンネルで、グラフィティやミューラルが至る所に描かれています。
グラフィティやミューラルが好きでロンドンで休日を過ごす機会があれば、まさしくグラフィティの聖地とも言えるこのスポットはぜひ訪れたいですね。
ロンドンで唯一、ストリート・アーティストが許可なく作品を描ける場所で、アーティストたちによって無数に描かれた、すばらしいミューラルや色とりどりのグラフィティを楽しめます。
トンネルという独創的な環境に惹かれた、街でも指折りの有名ストリート・アーティストもいて、巨大なキャンバスにさまざまな作品を残しています。
そんなトンネルに転機が訪れたのは2008年、バンクシーがこの地でシークレット・イベントを開催したときのことでした。
このとき、彼は世界中からアーティストを招き、さまざまなアーティストがロンドンにやって来て作品を発表しました。これがバンクシー・トンネルと呼ばれるようになった由縁です。
以前は、ヨーロッパ全土に運行サービスを提供するバス会社の車庫として使用されていましたが、アーティストたちの手によってグラフィティの紛れもない聖地に変身したというわけです。
それ以来地元の人、観光客を問わず人気の観光スポットと化し、今やロンドンで最も写真に撮られる場所の一つになっています。
トンネル内で絵を描くことについては法のお咎めは一切ありませんから、アーティストや作家が真昼間から公然と制作する姿がよく見られます。
トンネルに描かれるグラフィティはすべて容認されていますが、広告宣伝を目的としたものや、特に人種差別や性差別と思しきものなど、一部禁じられているグラフィティもあります。
バンクシー・トンネルは現在進行形で描かれ続けるプロセスそのものであり、すばらしいのは絶えず進化し続ける点にあります。長期にわたってリーク・ストリートの壁面を飾る作品もあれば、新たな作品が描かれるときのキャンバスに使われるミューラルもあります。
バンクシー・トンネル