ここリグーリア州、特にジェノバ市周辺と東海岸では、邸宅や普通のビルの多くに豪華で美しい装飾が施されているファサードが見られます。この技法は建築用語で「トロンプルイユ」とよばれ、フランス語で「目の錯覚」を
意味します。これは昔からある芸術様式ですが、特にこの海岸地域では漆喰装飾が傷みやすく、修繕する必要があったことに関係しているようです。実際、空気中に含まれる塩分のため、ファサードやコーニスの石は腐食しやすいので、代わりに一般的なペイントのようにより安価で容易な装飾で修復をする必要があったのです。リグーリア州にある建物は昔からピンクや黄色、オレンジといった色調のパステルカラーで塗られていますが、最近ではパステルカラー塗料が高額でしかも不足しているといった理由から、明るい黄色や赤、ショッキングピンクに塗られることもよくあります。
伝統的なパステルカラーで塗られたリグーリア州のファサード
古いジェノバ風トロンプルイユの技法は、15世紀の終わり頃ジェノバの富裕層が、劣化したり塩で傷んだりした自邸宅のファサードを塗り直すためアーティストに依頼したことから広く普及しました。これらのアーティストはパステルカラーで壁を塗り直してから、自分たちの想像力と芸術的センスを表現するため、錯覚を起こすような絵を描き足したのでした。歴史ではこのような説が有力ですが、また別の説もあります。それはいわゆる窓税と呼ばれる、15世紀の変わり目頃に物議をかもした財産税に関連しています。この窓税の導入により、財産税は各家の持つ窓の数を基に計算されることとなり、裕福な邸宅や豪華な館は窓の数が多いため、貴族たちの支払額は高くなったのです。この言い伝えでは貴族は支払う税額を抑えるため、邸宅の窓をいくつか取り除き、その代わりに窓をそこに描いてファサードの調和的なスタイルを維持し、しかも出費を抑えたということです。
柱や像が描かれたトロンプルイユ式のファサード
真相はどうであれ、この頃に石や大理石の装飾が「トロンプルイユ」の絵画様式で代用されるようになり、現在では柱や窓全体を描いたものなどその装飾はさまざまです。ときにはその窓が半開きになっていたり雨戸が開いていたりするので、空想上の屋内をのぞき見することもできます。また、鉄製の手摺りがついたバルコニーや窓に飾られた鉢植えの花、(描かれた)カーテンの陰から顔を覗かせる猫などが描かれた装飾もあります。錯覚の程度が強くて本当に目を欺かれることもあり、特に通りがかりに数メートル下から見上げる時などは、目の錯覚と現実の区別がつかなくなってしまいます。
窓と猫を描いた視覚的効果
自然光を利用して、浅浮き彫りの幾何学的3D効果が施された複雑で凝った装飾もよく見られます。
ファサードに描かれた幾何学的3D効果
リグーリア州にあるファサードの装飾絵は、ユートピア的な日常を想起させたり、大昔を偲んだりするために施されたものがほとんどです。つまりリグーリアは空想や探検が好きな人や漁師が多く住む、伝統を大切に受け継いでいる地域なのです。現在のファサードの色は、赤や黄色、ピンクといった明るい色調ですが、中にはより伝統的(かつ高価な)パステルカラーを使っているものもあります。聞いた話によると、このような建築上の特色をもつ建物の所有者がファサードを塗り替えたい場合には、まず市役所に正式な企画書を提出して許可を得て、この技法に関する専門技術を持つ、熟練の塗装師を探す必要があります。また各自治体では、このような建物の装飾付きファサードの監督は建築士が担当しており、市から任命を受けるには特別コースを受講しなければならないそうです。こうした建築士の仕事は、地域の建築遺産として記録されているファサードを監督し、法律違反や劣化などがあれば報告することです。ここ数十年間、アールデコやポストモダンなどの特徴的な建築物が残念ながら建て直されたり取り壊されたりして、その跡に高層ビルが建てられているなかで、リグーリアのファサードがこうしてモダニズムの蔓延を避けることができたのは奇跡的なことだと思います。