• 2017.10.05
  • ジェノヴァが理想郷と呼ばれない理由
フォカッチャ、水族館と港、ペスト・ジェノヴェーゼ(バジリコのペースト)で有名な美しい都市ジェノヴァ。
延々と続く見事な海岸線に周囲を囲まれた景観は間違いなく一見の価値があるけれど、残念ながらイタリアの中でも土地の住民の悪評が高く、理想の楽園とは言い難いのも、ここジェノヴァの特徴です。ジェノヴァ市民特有の(とは言え多分に類型的な)いくつかの気質ゆえに、イタリアでのジェノヴァはなかなか手放しで喜べるような評価を手に入れられません。私のこのブログが自虐的な表現になってしまうのは、家族の中にジェノヴァ出身者がいて、私自身も現在ジェノヴァ在住だからです。

リグーリア州きっての大都市、ジェノヴァ

ジェノヴァっ子やリグーリア州民に対するイタリア人の一般的なイメージは、悲観的で薄情、内気な懐古主義者、ケチで怒りっぽくて不愛想、警戒心のかたまりで気位が高い、等々。以上がほとんど誉め言葉ではないことは、わざわざ言うまでもありませんね。

リグーリア州を目指すイタリア人観光客は、イタリア北部の霧や寒さや人混みのストレスから解放され、さんさんと陽光が降り注ぐ海辺の楽園で過ごせるだろうと期待しながら、ここまでやって来ます。ところが残念なことに、いささか閉鎖的なきらいのあるリグーリアの住民にとって、観光客はことさら歓迎すべき存在ではなく、お客さんどころか侵入者がやって来たと感じる向きがあります。
ジェノヴァっ子の気質を表現するリグーリアの方言に”Stundaio”という言葉があります。著名なイタリア人作家エウジェーニオ・モンターレは、「Stundaioとは、プライドの高さと臆病さ、猜疑心が一緒になった性格のことだ。ある種の劣等感によって生まれる不平不満を日常的に垂れ流しながら、道徳的には自分の方が上だという自負によって精神のバランスを取っている。」

ある気質を表すリグーリア独特の表現“Stundaio”


ジェノヴァっ子の自己批判と自虐センスを感じさせる名前のStundai’s Inn

この土地に暮らす人々をひとまとめにしてこき下ろす意図は毛頭ないけれど、言われていることの多くは本当だし、きわめてよく見られる傾向だと認めざるを得ません。
いろいろ指摘される性格の中に、年がら年中ブツブツ愚痴ばかり言っているというのがあります。実際のところ、やれ「雨ばかり降っている」だの「降水量が足りない」だの「交通渋滞がひど過ぎる」だの何だのと、リグーリア州の住民はとにかくあらゆることに対して不平不満を口にします。
私は、これらの言説を立証してみようと思い、ヴェンティ・セッテンブレ通りを歩いて街の中央広場であるフェラーリ広場まで行って戻る間に、いったい何人分の愚痴を耳にするか実地にリサーチしたほどです。
不平不満はこの土地の伝統芸と言ってもよく、もはやジェノヴァ文化の一種だと胸を張るジェノヴァっ子も少なくありません。

この地域の見事な海岸線

イタリアの伝統や歴史について多少の理解がある人ならばご存知かもしれませんが、イタリアには地方ごとにそこの出身者や住民の欠点を面白おかしくあげつらうような、いかにも分かりやすく分類されたタイプが存在します。そういう「歴史的ゴシップ」の恰好のターゲットとしてずっと常連の座を与えられて来たのが、愚痴っぽくてケチで不愛想なジェノヴァっ子というわけです。
ヴェネツィア、ピサ、アマルフィと共に、イタリアの4つの海洋国家として栄えていた頃、ジェノヴァは都市の財源として常に銀行経営に力を注いでいました。リグーリアが最も栄えたのは1600年代、スペインそしてアメリカに向けておびただしい数の探検隊が赴いては黄金を手土産に凱旋していた時代のことです。
当時の名言に「黄金は新世界で生まれ、ジェノヴァの墓に入る」と言われたほどで、ジェノヴァ人の守銭奴精神はこの時代に根付いたとの説が有力です。

ジェノヴァ人が他人を遠ざけようとする警戒心の強さについて、海洋国家として幾度となく攻撃を受けた結果、用心深く排他的でほとんど意固地とも言える性格が生まれたのだと主張する向きもあります。その要因を探っていけば、1585年の英西戦争まで遡ると言う説も。戦争が勃発するとジェノヴァはスペイン軍側に付き、130隻の船、馬や甲冑や必要な武器を携えた約2万5千名の兵士、さらに軍事費の一部を負担するなどして、かのスペイン無敵艦隊の編成に加わりました。
フランシス・ドレーク司令長官の勝利によってスぺイン軍が敗退を喫した時から、ジェノヴァが贅沢と富を享受した時代は完全に終わり、その国力は衰退し始めたのです。
一部の人たちは、ジェノヴァ市民が猜疑心の強いケチな人間になったのは、こんな災難を経験したからだと信じています。何につけても無駄遣いを嫌がり、笑顔すらケチると言われるジェノヴァっ子が好きなこと、それは再利用です。美しい海岸に誇りと嫉妬心を隠さない彼らの、ましてやリグーリア州内陸部の名所旧跡に対する思い入れときたら、この宝を観光客なんかと分け合うなんて!という憤りに近いものがあるのです。

ジェノヴァ内陸部にある石造りのお城

さて、最後ぐらい明るい気分になれるようなことを書いておきたいと思います。リグーリア州の出身者(特に若い世代)だって、フレンドリーで礼儀正しく、偏見を持たない人はたくさんいます。海岸地域は探検者や世界中を旅する人々の町でもあることを忘れず、気持ちも頭も柔らかくして人々と触れ合えるようになりたいものです。

特派員

  • パトリツィア・ マルゲリータ
  • 職業翻訳、通訳、教師

生まれはイタリアですが、5ヶ国語が話せる「多文化人」です。米国、ブラジル、オーストラリア、フランス、イギリスで暮らし、仕事をした経験があります。イタリアと米国の国籍を持っていますが、私自身は世界市民だと思っています。教師や翻訳の仕事をしていない時は、イタリア料理を作ったり、ハイキングをしたり、世界各地を旅行したり…これまで80カ国を旅しましたが、その数は今も増え続けています!

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