• 2024.12.13
  • ブログ リグーリア‐ボルジョ・ヴェレッツィ:ひとつの自治体を構成するふたつの町
リグーリア地方には私のお気に入りの村があるのですが、まだこのブログで紹介していないことに気が付きました。それはボルジョ・ヴェレッツィ(Borgio Verezzi)です。
中世時代から続く自治体であるボルジョ・ヴェレッツィは、アクセスしづらい丘の上にあって海岸の絶景を見下ろせる「村」と、長く続くビーチや海辺のリゾート施設を有する「町」の2つに分かれています。
ヴェレッツィは丘の上に位置する村で、色彩豊かな路地と丘の下に広がるボルジョの町並みが、絵葉書のような美しいパノラマを織りなしています。また、豪華なテラス付きの家やレストランも、この景観の魅力をさらに引き立てています。
丘の下にあるボルジョは可愛らしい海辺の町で、海水浴や暑い夏の夜にそよ風に当たりながら海辺で飲みものを楽しんだりするのにぴったりの場所です。
ジェノヴァやリグーリア州の素晴らしいビーチからもほど近い場所にあるボルジョ・ヴェレッツィは、この2つの村と町を合わせたコムーネ(基礎自治体)です。

ボルジョ・ヴェレッツィに人々が定住したのは旧石器時代にまで遡るとされていますが、歴史文書に初めて登場するのは、リグーリア地方がローマ帝国に征服されていた時代のことでした。
中世時代、ボルジョとヴェレッツィの領土は危機的状況に陥りましたが、ジェノヴァ共和国の統治下に入ることで持ち直しました。19世紀末には、新しい馬車道の建設によりヴェレッツィの孤立状態も解消されました。その後、1930年代の行政統合政策を経て、現在のサヴォーナ県における小さな地方自治体としてのボルジョ・ヴェレッツィが誕生したのです。
自治体として統一されたものの、この2つの地区はそれぞれまったく異なる様相を呈しており、その違いは一目見ただけでハッキリ分かるほどです。海岸からわずか数メートルの平地に位置しているボルジョは、中心部の居住地区における特徴的な建築様式からもわかるように最近開発されたエリアで、新しいビル群やおしゃれなレストラン、今どきのカフェなどが立ち並んでいます。
一方、美しいヴェレッツィの村の歴史的な中心地には、ボルジョとは全く異なる世界が広がっています。レンガ造りの家が立ち並ぶ様は、まさに「野外美術館」とも呼ぶにふさわしい景観です。静けさと落ち着いた雰囲気が漂うこの村を訪れれば、豊かな時間を過ごせること間違いなしです。
この魅力的な場所が「イタリアの最も美しい村」に選ばれているのも納得です。さらに、1960年代から毎年夏に開催される有名なボルジョ・ヴェレッツィ演劇祭(Theater Festival of Borgio Verezzi)では、この壮大な自然を舞台に、様々なアーティストたちが公演を繰り広げています。

ボルジョの町の中心部にある狭い路地を歩いていると、ファサードや建築物全体が明らかに改装され、かつての防御建築が近代的な姿に生まれ変わっていることに驚かされます。城塞の中心に建てられた塔は今も街の歴史的シンボルで、展示会や文化イベントの会場として住民に開放されています。
さらには、地元出身の画家が描いた壁画を守り続ける路地もあり、それらの絵は「物語を語る壁」と呼ばれています。

ボルジョ・ヴェレッツィの高台に位置するヴェレッツィは「サラセン人の村」を思わせる趣があります。この村の魅力を存分に味わうには、かつてロバが行き交った石畳の道を歩くのがお勧めです。この道はたくさんの集落へと通じており、沿道には伝統的な空積み(モルタルなどの接着剤を使わずに石を積み上げる工法)の石壁で区切られたテラスや、荘厳な造りの家々が並び、その特徴的な玄関ドアへと繋がっています。
リグーリアの中でもひときわ絵画的で色彩豊かなヴェレッツィを訪れれば、いつしか時を忘れ、当てもなく通りを彷徨っている自分に気づくことでしょう。


ボルジョの壁画

特派員

  • パトリツィア・ マルゲリータ
  • 年齢申( さる )
  • 性別女性
  • 職業翻訳、通訳、教師

生まれはイタリアですが、5ヶ国語が話せる「多文化人」です。米国、ブラジル、オーストラリア、フランス、イギリスで暮らし、仕事をした経験があります。イタリアと米国の国籍を持っていますが、私自身は世界市民だと思っています。教師や翻訳の仕事をしていない時は、イタリア料理を作ったり、ハイキングをしたり、世界各地を旅行したり…これまで80カ国を旅しましたが、その数は今も増え続けています!

パトリツィア・ マルゲリータの記事一覧を見る

最新記事

おすすめ記事

リポーター

最新記事

おすすめ記事

PAGE TOP