サロンイベントレポート
木曜サロンレポート
- テーマ:
- 外国語を話せるようになるしくみ -シャドーイングが促進することばの習得-
開催日: 2023年8月10日
○活動の主旨、目的○
日本人にとって、英語は日本語との言語距離が最大のCategory 5で、修得するには最低でも2200時間かかると言われている。その中で、効率的な外国語習得を達成するポイントがI.P.O.M.と言われる「インプット理解」「プラクティス」「アウトプット産出」「メタ認知モニタリング」とのこと。そして、これらの4つを支えるのが「シャドーイング」の学習タスクで、今回はこれらのタスクの効果をその根拠とともに示しつつ、その上で効率のよいトレーニング方法について、「認知脳システム」および「社会脳システム」の両観点から解説頂いた。
ナレッジドナー(知の提供者)プロフィール
門田 修平 氏
関西学院大学 法学部・言語コミュニケーション文化研究科 教授
関西学院大学・大学院教授、Tryon 社 Toraiz 顧問(フェロー)、米国ニューヨーク大学(New York University)客員研究員(2019 年 8 月~2020 年 3 月)。専門は心理言語学、応用言語学、第二言語習得研究。第二言語としての英語が、いかにして知覚・処理され記憶・学習されるかその仕組みについて研究している。趣味は、食べて、飲んで、唄うこと。それと旅行。カラオケの選曲は、英語ポップスから演歌まで多種多様。
ナレッジドナーインタビュー
- どのようなきっかけで言語学・英語教育の研究を始められたのでしょうか。
- たまたま、学部生時代のゼミの先生が『ジーニアス英和辞典』著者の小西友七先生だったことで、英語の文法・語法の研究を始めました。小西先生の授業を受けてとてもためになると思ったからです。ゼミでは単語の使い方や文法について詳細に検討し、様々な状況でどのように語が使われているのかを研究していましたね。ただ、大学院に進学した時に、このような微細な英語じたいの研究は自分には合わないと感じ、もっと英語の習得プロセスや英語教育法など、人をターゲットにしたダイナミックな研究をしたいと考えるようになりました。そこで、当時から英語教育の科学化をテーマにされていた河野守夫先生に相談したところ、「英語の教え方を勉強するなら、認知科学の研究が必要だよ」とアドバイスを頂きました。最初は「ええっ!」と戸惑いを感じましたが、だんだんその先生の示された方向に進むことになり、人の記憶の仕組みやリーディング、学習者の頭の中の辞書(メンタルレキシコン)や、シャドーイング・音読の学習効果などの研究を進め、それらのベースになる脳科学への関心がだんだんと強くなってきました。
- 教育現場における英語教育について、どのようにお考えですか。
-
現在の英語教育は一つのピンチ(曲がり角)にあると感じています。学習者たちがChatGPTなどのAIを活用して、英語習得に利用し、英語から日本語に翻訳したり、英語の作文の作成をしてもらったりできるようになったことが背景にあります。英文の和訳(読解)や和文英訳(英語作文)はAIを活用することでほぼ達成できるので、英語を勉強する必要が本当にあるのか、と考える人もいると思います。
しかし、人と人とのコミュニケーション力は、言語の操作能力だけではありません。他者とのコミュニケーションにおいて、文法的に正しい文を作る、適切な単語を使うというといったことはそのごく一部です。それよりも、他者との気持ちが通じ合うこと、互いに共感し合えることがとても大切です。そのためには他者との非言語的インタラクション、視線をあわせ、表情・気持ちを通じ合うことが重要です。お互いに同じ対象に目線を向け、「あのビール、美味しそうだね」と共に注意を向けること(共同注意)、これが、私たち人のコミュニケーションです。このような能力はAIを活用しても高めることはできません。このような社会的認知システムに基づく言語運用能力の形成はAIのサポートがあっても習得が難しいと思います。
AIが得意とするのは、あくまでも記号を媒介とした操作にもとづく認知的な言語学習で、実際の体験に根ざした学習をすることはできません。例えば、レモンをかじってとても酸っぱいと思った経験をしたら、そのレモンをかじった場面・文脈と共にレモンの酸っぱさが記憶されます(エピソード記憶)。そうして、何度もレモンを味わっているうちに「いつどこで感じたか」というエピソードは意識されなくなり、「レモンは酸っぱい」という知識(意味記憶)が残ります。このように多くのことばが、まずはこのようなエピソード記憶として頭の中に入ってきます。私たちはこうした形でことばを覚えていくことが多々あります。これに対しAIは、「レモン」「酸っぱい」という記号的な意味を覚えているだけで、このようなレモンを味わった体験はAIにはありません。私たちのコミュニケーションにおいては、認知的なバーバルメッセージ以外の、社会脳的インタラクションがとても大切になってくるのです。
そのため、これからの英語教育では、語彙・文法などことばの知識だけでなく、実際に人と共感しあえるやり取りができる、社会認知的な学習を行うことが必須であり、そのような英語コミュニケーション能力の育成を目指していきたいと考えています。
※木曜サロンレポートはナレッジサロン会員さまを対象としたイベントのレポートです。
木曜サロンとは
幅広い「知」に出会える、気付けるちょっと知的な夜、展開中。
ナレッジサロン会員様を対象に、毎週木曜日の夜に開催。幅広い業種業界から「ナレッジドナー(知の提供者)」としてゲストスピーカーを招き、専門知識や経験、取り組んでいるプロジェクトや生活の知恵まで幅広い「知」を提供。参加者同士の交流や会話を尊重し、自由で気楽な会話を中心としたカジュアルなサロンです。