サロンイベントレポート
木曜サロンレポート
- テーマ:
- 土地の歴史から物語を紡ぐ -松本清張賞作家の創作の源泉-
開催日: 2024年10月3日
○活動の主旨、目的○
松本清張賞作家の坂上泉氏をお招きし、土地の歴史に基づいた物語創作についてお話いただいた。坂上氏は、新しいものを作るうえで「既知×既知×既知=新規性」だと考えており、既存の要素を掛け合わせることで新しい物語を生み出すことが出来るとお話いただいた。
坂上氏のこれまでの作品は、土地が持つ歴史的事実を取り入れ、リアリティとフィクションを融合させた物語を執筆され、松本清張賞を受賞した『へぼ侍』では、大阪を舞台に描くにあたり、自身の育った経験を活かして空気感や歴史的背景を作品に反映されたとのこと。また、東京大学で専攻した近現代史の知識を駆使し、リアリティのある物語を作り上げたとのこと。多くの小説が東京を舞台に描かれる中、坂上氏は地方にも魅力的な舞台が多数存在し、東京を舞台にした作品は競争が激しいレッドオーシャンである一方で、地方を舞台にした作品はブルーオーシャンであり、地域に眠るドラマを発掘する価値があり、今後も、大阪や他の地域に埋もれた物語を掘り起こし、歴史とフィクションを融合させた作品を生み出していきたいと締めくくられた。
ナレッジドナー(知の提供者)プロフィール
坂上 泉 氏
小説家
兵庫県出身。東京大学文学部では日本史学研究室で日本近現代史を専攻した。
中高時代や大学時代に小説やネット二次創作の執筆・作成に手がけた。
就職後、大阪で勤務していた時に、京都で天狼院書店の小説家養成講座を受講し、再び小説執筆を始める。
2019年に執筆した「明治大阪へぼ侍 西南戦役遊撃壮兵実記」が第26回松本清張賞を受賞し、『へぼ侍』と改題して刊行された著書がデビュー作となり、第9回日本歴史時代作家協会賞の新人賞を受賞。
2020年に2作目となる小説『インビジブル』を刊行。戦後大阪に数年間だけ実在した「大阪市警視庁」の刑事たちの活躍を描いた同作は、第164回直木三十五賞の候補作に選ばれる。
2021年に同作で第23回大藪春彦賞、第74回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門を受賞。
2022年に本土復帰直前の沖縄を舞台にした3作目『渚の螢火』を刊行。
ナレッジドナーインタビュー
- 小説の題材の決め方や、執筆する際に意識していることについてお聞かせください。
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私は各種メディア等の情報源を活用して、関心を持っている情報を日々ストックするようにしています。
そして何か物語を作ろうと出版社と話している中で挙がる、今興味あることや面白いと思うことの話題をきっかけに、「これを題材にしたら面白くないですか?」と、既知の情報に自身のストックの中から情報を掛け合わせて提案します。まずはそうして、話の大枠を作るところから始めます。
たとえば、小説『インビジブル』は、かつて大阪に警視庁があったという歴史的事実(=既知の情報)と、“バディもの”のジャンルを掛け合わせて、当時の大阪の経済情勢を考慮すると「こういう事件も起こりそうだよね」と、大枠を作り上げていきました。
そして、出版社の承諾を得られてからあらすじを書いて、作品の枠組みを作っていきました。
特定の土地を舞台にした物語を描くような場合には、文献や写真、映像資料を参考に、当時の空気感や街の賑わい、地域や地形の特徴を把握するようにしています。オープンソースで見ることができる古地図等の資料もとても貴重です。
インビジブルを描く際は、当時の写真と映像資料等から、1950年台の大阪市警視庁の施設や装備なども調べて、自分の中のイメージを膨らませていきました。もちろん、実際にその場所に足を運ぶこと(ロケハン)も大切です。小説『へぼ侍』は西南戦争を題材にしたので、当時最大の激戦地となった熊本県の田原坂にも実際に足を運びましたよ。
結局、田原坂の風景を作品中で描写することはほとんどなかったのですが、背景知識があって描くのと、知らないままで描くのとでは、作品に滲み出るものが違ってくると思っています。
現代はバーチャルから得られる情報も充実していますが、リアルで得られる情報量とは質も量も異なると思っています。特にコロナ禍を経験したことで、バーチャルの良さと並行して、リアルでないと得られない体験や距離感の良さについても見直されたと思っています。 - 土地の魅力や特徴の見出し方や感じ方についてお聞かせください。
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小説は視覚から連想される映像情報、つまり"目の世界"が中心です。
嗅覚や味覚、触覚を"目の世界"で再現するには、意識的な工夫が必要です。
『インビジブル』では、昭和29年当時の街に漂っていたであろう匂いや、当時の食文化をできる限り調べて再現し、それを視覚情報に落とし込むことを意識して執筆しました。
こうした描写は自分自身で体験しないと描けないので、仕事やプライベートで外出する際は、できるだけ、今描いている作品の舞台となる土地に根ざした飲食店に行くようにしています。
そうすることで、その土地の文化を知るきっかけになるのです。
旅行で地方に行くときも、地元の人が集う居酒屋に入ってみて、その土地の人と雑談するようにしています。
こうして得られる情報は、物語を深める上で非常に重要だと感じています。
※木曜サロンレポートはナレッジサロン会員さまを対象としたイベントのレポートです。
木曜サロンとは
幅広い「知」に出会える、気付けるちょっと知的な夜、展開中。
ナレッジサロン会員様を対象に、毎週木曜日の夜に開催。幅広い業種業界から「ナレッジドナー(知の提供者)」としてゲストスピーカーを招き、専門知識や経験、取り組んでいるプロジェクトや生活の知恵まで幅広い「知」を提供。参加者同士の交流や会話を尊重し、自由で気楽な会話を中心としたカジュアルなサロンです。