–– 大阪の話が出ましたが、伊吹さんは、大阪に赴任されて1年半。一方の鳥井さんはずっと関西が拠点でいらっしゃいますね。大阪にはどんな印象をお持ちでしょうか?
伊吹:最初に感じたのは、大阪は人と人の距離が近いことですね。東京だと「あ、この人はこういう人で、だからこういう話をしないといけないな」という感じになるんですが、大阪は、割とみんなすぐに打ち解けられる。そこが東京と違うところだと思います。
鳥井:伊吹さんのおっしゃるとおりですね。私も東京に住んでいたことがあります。“知人”の数が加速度的に増えるのは東京ですが、関係性はドライもたくさん。巡り合いのチャンスが多いという面ではよいですけどね。一方で大阪の人間関係はホスピタリティーというか、ウェットな距離感というか。大阪は都市だけど、よい意味で田舎性もある気がしますね。
伊吹:イノベーションを起こすには、プラスに働きそうですよね、そういうのも。
–– では大阪は、これから世界の中でどう位置づけていくか、今後未来に向けてどんな方向性を目指していくべきでしょうか?
鳥井:大阪は、先ほどの話にもありましたがホスピタリティーがあり、人が集まりやすい。サロンのようなものを形成しやすい場所です。これは強みだと思いますね。なのにここ30年ほどは、そうした強みに大阪自体が逆向しているように感じます。
例えば、かつて大阪には「見本市」と呼ばれる、個人や中小企業を含めた各社が製品を披露する展示会がたくさんありました。人に見てもらうために何かをつくり、切磋琢磨する場がありました。それが将来の製品になったりヒット商品になったりするかは未知数でも、人の目に触れて評価される貴重な機会でした。これは単なる商品開発ではなく、他者に見られるということに意味がある。それなのに大阪は約20年前に見本市をやめてしまったのは残念なことで、それが大阪衰退の一因ともいわれています。今も似たようなものはありますが、規模が違う。
私は「見て」「見られる」ということは重要だと思ってて。カンブリア紀に生き物が何万種類から数万百種類に増えた大爆発も、生物が“目”を持ったことが関係しているという人が多く、獲物を「追う」「追われる」の立場が発生したことで、逃げるため、追いかけるために、相手が何を思いどう動くのか考えるようになった。理解しようと想像することが進化のスピードアップに結び付いていったのかと。そういう風に、見られるから、何とか賞をもらえるから頑張ろうって思えるのも大事で、他者や賞を受賞するなど評価されることで、人は研鑽し、進化していけるんじゃないかと思います。
–– 見本市、復活する動きがあるんですね。
鳥井:そうですね、まだ整理中ですが…。
あとは、サントリー文化財団では理事の方から「人文科学と連動するサロンを、大阪で開きたい」という声が寄せられています。お花見のような場所で雑談をして、話題を重ねることで出てくるアイデアがある。何歳になっても「専門の知見をもちより、自由闊達に話せる場が欲しい」と。単純かもしれませんが、そういう場がイノベーションのためには大事ですね。
伊吹:展示会ももちろんですが、強みといったときに大阪には質の高い研究機関や大学がそろっていることも挙げられますね。
–– 確かに、大阪には国立・公立大学も、有名な私立大学もそろっていますね。
伊吹:他の海外の都市からみたら、とても魅力的に映ると思います。企業同士はおのずと海外とも交流しますが、大学が海外企業、特にベンチャー企業などと交流することは難しい。意図的に商工会議所やナレッジキャピタルのようなところが企画をしないと。そういう機会が必要な気がしますね。
鳥井:学際的なことですね。確かに、それはありますね。
伊吹:先日、スイスが在大阪領事館内に科学技術専門の事務所をつくるという話を聞きました。理由を聞くと、イノベーション交流をするのに、日本だと大阪が向いているのだと。
鳥井:それは面白いですね。
伊吹:見本市のお話もありましたが、展示会をするには場所が必要になってきます。今のインテックス大阪で足りるのかも、よく議論した方がよいですね。
鳥井:研究開発での横のつながりもそうですし、人文科学の分野、リベラルアーツでもサロン的な交流でも大阪の可能性は大きいですね。大阪万博を契機に、新しい場所や施設をうまく打ち出していければよいですね。
–– お話にも出ましたが、2025年に大阪・関西万博が開催されます。かつての大阪万博は我々やその下の世代に、精神的にも生活面でも多大な影響を与えました。さらに万博をきっかけに展示や照明、舞台に関連する企業が大阪に多く誕生しました。では、今回の万博は大阪にどのような影響を及ぼすと考えますか?
伊吹:建物としてのレガシーはよく言われていますが、万博のテーマは「20〜30年後を想像して、自分たちの未来の幸せを想像して形にする」だと私は考えています。だから万博が終わった後、大阪に万博の思想がどんなふうにきちんと実装化されるかが大事だと思います。個々のテーマは、例えばデジタルだったりカーボンニュートラルだったりがあるかと思いますが、そうしたものの展示が10年後、社会に実装されるかが大切ですね。
もうひとつ、「万博の体験が子どもたちに残る」こともポイントです。私は2019年にミクロネシア連邦を訪問しました。現地の空港に着くと日本の高校生が10数名おり、なぜこんなところに…と思い聞いてみると、彼らは愛知県の高校生で、2005年の愛知万博の際に、ミクロネシア連邦のナショナルデーを手伝ってから、毎年2週間ずつ10数名の高校生を派遣しあっているというのです。大阪・関西万博でも中高生がボランティアや各国のナショナルデーの手伝いが出来たらいいなと思います。子どもたちに国際感覚が育つこと、そして地域にも残って続くことを期待します。
鳥井:おっしゃる通りですね。2025年4月から10月までの会期184日間中に、150カ国の人が大阪を訪問する見込みですが、そんな機会はまたとありません。「万博」というのは世界に名の通っている錦の御旗ともいえる貴重な機会です。それをローカルな大阪としての見せ方ではもったいないし、うまく演出する必要があります。パリ万博やニューヨーク万博のように。そのためには、あらかじめしっかり準備をすることが大切です。たとえ結果が準備の通りにいかなかったとしても、きめ細やかに用意をして、ワークショップや人の集め方などのソフト面をしっかりイメージをふくらませておく経験はいかせますから。そのためには規制をある程度緩和して、海外との交流をはかりたいですね。
–– 海外との交流の話が出ましたが、ナレッジキャピタルはこれまで国際交流には力を入れ、海外の関係機関との連携を築いてきました。
今後はアジアのゲートウェイとして、ナレッジキャピタルがアジアからの進出拠点となるような施策に取り組んでいく予定です。
鳥井:それは素晴らしいですね。海外との接点として、ナレッジキャピタルの役割は重要でしょうね。欧米だけでなく、アジアや中東など、世界中に接点をもつのがいいと思います。
伊吹:海外のアクセラレーター(スタートアップ企業のビジネス拡大に焦点を当てた資金投資やノウハウなどをサポートする組織)とつながり、世界から投資を呼び込む場所になれば、さらに強くなるでしょう。
鳥井:駅からのアクセスもいいですしね。
–– 昨年秋以降海外からの訪問が再開されました。先日は、キルギス大統領府の方がナレッジキャピタルに視察に来られ、連携を強く望まれています。
鳥井:中央アジアですね。アセアンやヨーロッパ、さまざまな国とつながるのは素晴らしいことです。
–– ナレッジキャピタルは今年で10周年を迎えます。さらに魅力あふれた場を目指したいと思います。これからのナレッジキャピタルへ期待することはありますか。
伊吹:この10年でその名に恥じず、知的創造の拠点として成果を上げているように見受けられます。企業が育つには時間がかかりますが、そろそろナレッジキャピタルで育ったベンチャー企業のIPO(Initial Public Offering:新規公開株)などの成果を公表しても面白いかもしれません。
鳥井:いいアイデアですね。加えて、理工学部の学生といった層への情報発信に力を入れてみてはどうでしょうか? この立地は強みです。多くの人が関わることで、ナレッジキャピタルのポテンシャルはもっと引き出されていくでしょう。
–– どうもありがとうございました。