私は大学院で学ぶために来日し、修士課程の単位と夢を求め、そして自分自身の成長を目指して2年間を過ごしました。思い返すと、当時の暮らしは大学の学期と電車の時刻表、真夜中の自販機で買うコーヒーで形作られていたように思います。卒業後も何度か日本を訪れましたが、いずれも日本の雰囲気を感じることができる程度の短い滞在にとどまりました。そして時が流れ、再び日本に戻って来ることができたのです。
10年ぶりに新宿駅の中を歩いていると、まるでデジタル修復された古い写真の中に入り込んだような気持ちになりました。昔と変わらないようにも見えますが、構内はすっきりと洗練され、様々な場所へのアクセスも便利になっていました。かつて私が手探りで通過していた改札には顔認証システムが導入され、コンビニではキャッシュレス化が進んでいました。自販機も進化を遂げ、まるで私のことを覚えているかのように、AIがおすすめ商品を提案してくれました。
昔よく通っていた食堂に立ち寄って牛丼を注文すると、店の主人が当時と同じように温かい「いらっしゃいませ!」の声で迎えてくれました。当時、この言葉を聞くたびに「ここは自分の居場所だ」と感じたものです。つかの間でしたが、今回もあの頃と同じように心地良い時間を過ごすことができました。
とはいえ、すべてが私の記憶のままというわけではありませんでした。当時は渋谷のスクランブル交差点に押し寄せる人と光をまるで海のように感じていましたが、今ではそれが小さく見えました。それはこの場所が変わったからではなく、私が成長したからなのでしょう。
いつの時代も日本は伝統とテクノロジー、秩序と創造性の間で絶妙なバランスを保っています。しかし、10年ぶりに来日してみると、そのバランスがほんの少しだけ変化していることに気づきました。若い世代は以前よりも大胆になり、国際色も豊かになって、かつては静まりかえっていた場所でも英語が聞こえてきます。留学時代にはあまりにも高く感じていた物価が、今では妥当だと感じられたのは、私がもうレジで硬貨を数えて支払っていた学生ではないからかもしれません。
しかし、今も変わらず、ネオンに囲まれた都会のど真ん中に寺院が静かに佇んでいます。ガタンゴトンという電車のリズム、人々のさりげない気遣いや他者への静かな敬意といった日常の何気ない風景の中に、変わることのない日本の美しさを感じました。こうした事柄は、古いウイスキーや色あせた書のように時を重ねながら優雅に成熟していくのです。
ところで、自国以外の国に対して郷愁を感じることはあるのでしょうか? 私は、それは十分にあり得ることだと思います。郷愁とは、国境によって制限されるものではなく、自分の心の拠り所に対して抱く感情ではないでしょうか。成長の過程で自分を形作った場所を「ふるさと」と呼ぶのだと思います。私にとっての日本は、単なる思い出の場所ではなく、まるで鏡のように私自身を映す国です。日本は、好奇心に溢れ、不安を抱きながらも精一杯生きていた頃の私を思い出させてくれるふるさとなのです。
留学を終えて帰国の途につくとき、私は過ごした場所にさよならをしているのだと思っていました。しかし、今思うと、あのとき私が別れを告げていたのは、日本で暮らした自分自身だったのでしょう。そして時間とともに、日本も私も変わりました。
成田空港へ向かう電車の窓には、年を重ね、若い頃よりも穏やかに、そしてちょっとだけ賢くなった自分の姿が映っていました。その向こう側には、水に溶かした墨のようにぼんやりとした東京の街並みが広がっていました。観光で訪れたわけでもなく、かといって地元の人というわけでもなく、ただ青春時代の一部を過ごした場所に戻ってきた、そんな気持ちを味わいました。
最も美しい旅とは、新しい場所を発見するのではなく、自分の心の中にある懐かしい場所を再度訪れることなのかもしれません。
