コン・フォーコ(Confuoco, イタリア語で「炎とともに」の意)は、吉兆をもたらす行事とされています。これは単なる言い伝えではなく、実際に幸せを運んで来る儀式なのです。
12月、ジェノヴァの市庁舎広場では、月桂樹の切り株や枝を燃やす伝統行事が開催されました。慣例の祝杯や、地元アーティストたちによって制作された陶製の壺の奉納が行われた後、リグーリア市長が木の束に火を灯すと、2026年の繁栄と幸運を象徴するかのように、炎は空高く燃え上がりました。
この貴重な陶器の壺には、繊細なディテールと、リグーリア地方に受け継がれてきた力強い伝統を通じて、平和をテーマに表現した手描きの絵が施されています。
街中を練り歩いて市庁舎広場に到着したコン・フォーコのパレードは、住民や関係団体のほか、取材陣や通りすがりの人たちなど、多くの人々に出迎えられました。
パレードは地元のオーケストラによるドラムやトランペットの演奏で始まり、その後に来賓のグループや関係団体が続きます。
隊列の参加者は、中世やルネサンス様式を忠実に再現した衣装を着用しています。これらの衣装は、14世紀に盛んだったこの伝統行事を復活させ、リグーリアの歴史や方言、慣習などを結びつけることで地域の伝統を守り継ごうとしている団体が、入念な歴史的調査をもとに特別に制作したものです。
パレードが終わると、伝統の壺は市庁舎広場に奉納されます。その後、伝統に則り、集まった人々は月桂樹の枝を取り、それを焚き火にくべて新年の幸せを願います。
この儀式の起源はとても古く、古代ローマ時代のサートゥルナーリア祭(Saturnalia)まで遡ります。
コン・フォーコが歴史的に初めて記録されているのは、1320年代のことです。ジェノヴァでは、この行事は1796年まで続いていましたが、ジェノヴァ民主共和国の設立とともに廃止されました。一方、近隣のサヴォーナでも、中世を通じてコン・フォーコが開催されていました。この行事は市民の参加が盛んだったことで知られていますが、現在のコン・フォーコの参加者数は、サヴォーナがジェノヴァを上回るほどです。
15世紀には、コン・フォーコは毎年クリスマスイブに開催されていました。この日、農村の男性たちは、地元の領主に大量の豚や子羊、雄鶏、肉、特産品などを贈り物として献上しました。これらの贈り物は、街の紋章を描いた旗や花で飾られた2台の牛車で運ばれたそうです。そして、かがり火を焚き、新年の繁栄を願いました。1528年に自治統治権が失われると、この儀式は市当局の間で取り交わされる儀礼的なやり取りとしての意味を持つようになりました。
1930年代に、地元の習慣や伝統を守る団体が、コン・フォーコを中世の慣習に則って復活させることを決定し、1933年に初めて儀式が再開されたと言われています。それ以降、毎年クリスマス直前の日曜日にパレードが行われるようになりました。サヴォーナではブランダーレ塔(Brandale)から市庁舎広場まで、ジェノヴァでは港周辺から市庁舎広場までを行列が街を練り歩きます。
この儀式には、リグーリアの陶芸の伝統がとりわけ色濃く息づいています。この地域の陶器は白地を特徴とし、一つひとつ手作りされています。摂氏1,000度で焼成した後、手描きで模様を施して釉薬をかけ、最後に、より低い温度で焼き上げられます。
伝統的なジェノヴァの陶器は、白地に青で模様が描かれていますが、現代の作品には多彩な色が用いられ、伝統的なものとは大きく異なる文様が表現されています。
ここは陶器の産地として知られており、20世紀には、地元だけでなく国内外の芸術家が訪れ、陶芸の分野で功績を残しました。
- 2026.02.13
- コン・フォーコ:幸せを運ぶ伝統的なお祭り
