それは、こういうもの。
昔、バルセロスで銀貨が盗まれます。町の人々は、町にそんな悪行をする人がいるとは信じず、丁度その日、バルセロスに立ち寄った若者に、疑いの目が向けられます。この若者は、サンティアゴ・デ・コンポステーラに向かう巡礼者でした。
彼は、無実を主張したが、誰にも信じてもらえず、銀を盗んだ罪で縛り首を言い渡されてしまいます。
巡礼者は、死刑場に連れて行かれる前に、刑を執行した裁判官に会いたいと懇願しました。そして裁判官の家を訪ねると、丁度宴会の最中で、食卓にはたくさんのご馳走が並んでいました。
そこで巡礼者は、テーブルの上の鶏の丸焼きを指差して、こう言いました。
「私の無実の証明として、処刑が執行される瞬間、その丸焼きの雄鶏が立ち上がって鳴くでしょう。」
裁判官は、鶏の丸焼きが乗った皿を、脇によけ、巡礼者の言葉を信じる訳もなく、全く無視します。結局巡礼者は処刑場に連れて行かれます。
しかし、正に絞首刑が執行されようとしたその時、裁判官宅のテーブルの上で、焼かれた雄鶏が立ち上がって高らかに鳴いたのです。驚いた裁判官は急いで処刑場へ駆けつけましたが、刑はすでに執行されてました。ですが、巡礼者の首に巻かれていたロープの結び目が緩んだことで、彼は奇跡的に一命をとりとめていたのでした。
巡礼者は速攻無罪となり、釈放されたのでした。
・・・とまあ、この伝説により、バルセロスの雄鶏は「奇跡を起こすもの」「幸せのシンボル」としてポルトガルで親しまれるようになります。
さてさて、我が家の雌鶏ちゃんたちの卵を紹介。
鶏は意外にも神経質で、ストレスがあったり、悪天候続きだと、卵の数が減り、晴天の日は多く卵を産みます。
そして、いつも双子ちゃんを産む鶏、黄身のなしのちっぽけな卵を産む鶏、血が付くほど大きな卵を産む鶏、青っぽい卵を産む鶏と、卵にまで個性が生まれます。
中には、カルシウムが足りなくて、薄皮だけの卵ができたりします。
鶏は、大昔から存在し、その肉が食料になったり、卵が薬(ワクチン)になったり、人間界においては、なくてはならない存在だと感じさせてくれます。
基本は、この小屋の中で卵を産む。順番待ちで外で列を作っている時もある。
庭の心地よさそうな場所で、大量に産んでいることもある。