• 2021.03.31
  • 神話への情熱 Pasiones mitológicas
 年明け早々の雪見散歩以来、必要火急でない限りじっと自粛生活を送っていましたが、春の到来とともに地中に篭っていた虫のごとくむずむずし始め地上に這い出したくなり、とことんステイホームの禁を破って、プラド美術館で先日3月2日から始まった展覧会を鑑賞するという不要不急のそしりを免れない外出をしてしまいました。
 
 展覧会のお題は『神話への情熱』です。そもそも王室コレクションから始まった美術館なので、その根幹部分の作品群を収集したのは代々のスペイン王家でした。そしてその中で神聖ローマ帝国の皇帝であり同時にスペイン国王でもあったカルロス5世(在位1516年~1556年)とその息子のフェリペ2世(在位1556年~1598年)はベネチア派の芸術家を重用、その代表格がカルロス5世騎馬像を描いたティチアーノです。


以前個人的にも随分とお世話になったブランデー“カルロス1世”の箱に使われたティチアーノ作カルロス5世騎馬像。シェリー酒の老舗酒蔵 Pedro Domecq社のお酒です。この皇帝兼国王は≪スペインのカルロス1世、ドイツの5世・Carlos I de España y V de Alemania≫とも呼ばれています。ブランデーの名称は1世ですが、箱の騎馬像はプラド美術館による原画解説では5世です。

このティチアーノはフェリペ2世の注文でローマの詩人オビディウスが著した『変身譚』を基に≪詩歌・Poesías≫と題する神話を題材とした6作品を約9年余りを費やして制作しました。それらはフェリペ2世国王の私室に納められていましたが、後に5点は散り散りになり、現在プラド美術館が所有するのは1点だけとなってしまいました。この連作はのびのびと描かれた豊満な女性・女神達の官能的な裸体を主題として、それらのテーマを宗教の束縛から逃れて表現できる神話世界に求めたと言われています。

唯一プラド美術館所蔵の作品


『ビーナスとアドニス』(1554年)

若き愛人アドニスが危険な狩りに出かけるのを止めようとしている愛と美の女神ビーナスの姿です。こちらの女神は背面から描かれていて後述の『ダナエ』の裸体を前面から描いた作品と一対の作品として対比させて鑑賞し、絵画にあたかも彫刻のような立体感を持たせる意図があるそうです。

 今回の展覧会ではこのプラド美術館所蔵の作品と離ればなれになっていた5作品が4世紀ぶりに一堂に会する奇跡的機会となりました。



『ダナエ』(1553年) アスプリー・ハウス ウェリントン・コレクション(ロンドン)蔵

注文主フェリペ2世に納品したシリーズ最初の作品です。テーマは黄金の雨に姿を変えたゼウス神が思いをよせるダナエへ寵愛を降り注ぐ場面。女神の裸体が前面から描かれています。ティチアーノは同じテーマの作品をいくつか制作していてプラド美術館も『黄金の雨を浴びるダナエ』(1560年~1565年)を所有しています。こちらはベラスケスがイタリアへ出張した際に購入し王室コレクションに加えられました。 今回の展覧会ではこの2人の『ダナエ』を並べて展示しています。



『ペルセウスとアンドロメダ』(1554年~1556年)ウォレス・コレクション(ロンドン)蔵

ゼウス神が黄金の雨となってダナエと結ばれて生まれたペルセウスがエチオピアの王女アンドロメダを怪物から救う場面です。



『ディアナとアクタイオン』(1556年~1559年)

ナショナル・ギャラリー(ロンドン)スコットランド国立美術館(エジンバラ)共同所有
狩人アクタイオンが女神ディアナ達の水浴をのぞき見してしまい、お仕置きとして鹿に変身させられたお話しだとか。つまり古典版のピーピング・トム?本邦では池田亀太郎さん?



『ディアナとカリスト』(1556年~1559年)

ナショナル・ギャラリー(ロンドン)とスコットランド国立美術館(エジンバラ)共同所有
女神ディアナの姿に変身したゼウス神の子供を宿したカリストがその事実を暴かれて追放され熊に変えられてしまうお話し。それにしても手を替え品を替え、時には黄金の雨になったり、はたまた女装までして・・・何ともはや恋多きゼウス神ですね。



『エウロペの略奪』(1559年~1562年)イザベラ・スチュアート・ガードナー美術館(ボストン)蔵

王女エウロペをさらおうとしている白い牡牛に姿を変えたゼウス神。今回は牛に変身、本当にお盛んなゼウス様、神々の飲料ネクタルと呼ばれるユンケル黄帝液的な滋養強壮ドリンクでもご愛飲されていたのかな。

 この連作≪詩歌・Poesías≫は作者ティチアーノ自らの命名だそうです。自分は詩人でもあると言いたかったのでしょうか? 頭の中にあるアイデアを表現する手段として絵筆を使うか、ペンを使うかの違いだけで画家にも詩人にもなりうるという事かも知れませんね。そういえば昔から詩と絵画は比較対象の的とされていたようでティチアーノと同時代の大天才レオナルド・ダ・ビンチも
≪La pittura è una poesia che si vede e non si sente, e la poesia è una pittura che si sente e non si vede.≫≪絵画は見ることが出来るが聞けない詩で、詩は聞くことが出来るが見られない絵画≫
という言葉を残しています。

 これらのティチアーノ作≪詩歌・Poesías≫6点を含む全部で29作品とコンパクトに纏めた展覧会でありながら、神話に題材をとって自由闊達に人間賛歌を謳いあげた16~17世紀ルネッサンス・バロック期の巨匠達の代表作を鑑賞できる仕組みになっています。

 スペイン国内でも移動制限があり、ましては海外からの観客を期待することも難しいこのご時世ですのでプラド美術館は当展覧会のバーチャル・ツアーを2~3週間後には公開できるように準備を進めているとの事です。

展覧会 『神話への情熱:ティチアーノ、べロネーゼ、アローリ、ルーベンス、リベラ、プーサン、バン・ダイク、ベラスケス』
『Mythological Pssions:Tiziano,Veronese,Allori,Rubens,Ribera,Poussin,Van Dyck,Velázquez』
会場 国立プラド美術館・マドリード
会期 2021年3月2日(火)~2021年7月4日(日)


美術館玄関の展覧会ポスターです。ティチアーノ作,左からアクテオン、ペルセウス、ディアナ。


連作≪詩歌Poesías≫全6作品は7月本展覧会終了後にロンドンとボストンを巡回して展示される予定だそうです。
プラド美術館 当展覧会紹介HP 
https://www.museodelprado.es/actualidad/exposicion/pasiones-mitologicas-tiziano-veronese-allori/0fe29f8e-c205-af98-9306-51b5b1f26675

特派員

  • 山田 進
  • 職業スペイン語・日本語通訳

スペイン政府より滞在許可と労働許可を頂き、納税・社会保険料納付をはじめて早37年。そろそろシルバー人材センターへの登録も視野に入った今日この頃、長い間お世話になったこの国のことを皆様にご紹介できることを楽しみにしています。

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