北半球にあるマドリードは北緯40度30分、日本では青森県の八戸辺りです。そして海抜650mと比較的高地に位置するので温度差が大きく、湿度も低いので真夏の今でも朝晩は過ごし易い気候ですが日中は50度を超えることもあり、外出時にはどうしても日陰やクーラーのある場所を探しながら歩くことになります。またバカンスシーズン真っ最中で市街地の交通量が少ないこの時期を狙っての公共工事が多く、騒音やら粉塵が一層暑さを際立てる時期でもあります。
6月3日公開の『リリア宮殿』の記事でご紹介したマドリードのスペイン広場もご多分にもれず現在全面改造工事真っ最中です。Plaza de España プラサ・デ・エスパーニャと国名を冠したこの広場、中心となるのがスペインを代表する文学作品である『ドン・キホーテ』のモニュメントで主人公のドン・キホーテ、従者のサンチョ・パンサの銅像と作者のセルバンテスの石像が若干大げさに言うと自由の女神とかエッフェル塔、身近なところでは道頓堀のグリコ兄さんに匹敵する超定番観光撮影スポットでした。
改造工事前のスペイン広場の中心にあるセルバンテスのモニュメントです。
写真2
ようやく国内外からの観光客の姿がこの広場付近でも見かけることが多くなりましたが工事中の現在、写真2.のごとくグリーンの養生シートに覆われていて登場人物はそのシルエットで想像するしかありません。でもせっかくドン・キホーテを訪ねて来たので、なんとか思い出を持ち帰りたいとのご希望でしたらこの広場の地下へ降りてみては如何でしょう。地下駐車場の横に広がるのはマドリード地下鉄(Metro de Madrid)のスペイン広場駅(Estación de Plaza de España)で構内三号線ホームがドン・キホーテで埋め尽くされているのです。
発行部数としては聖書に次ぐ世界ランキング第2位の不朽の名作『ドン・キホーテ』、1605年に52章からなる前編が出版された後74章からなる後編の出版は10年後の1615年でした。瞬く間にベストセラーとなり今までに5億部が発行されたと言われています。
このドン・キホーテ地下鉄プロジェクトは、三号線の上り線ホーム、下り線ホーム、接続通路などを使ってこの大作の全章をビニールシートに印刷して貼り付ける大がかりなものです。シート1枚1mX2mを189枚、全部で378㎡に前編と後編合計37万8119語をつめこみました。計算してみると1シート(A4サイズ32枚分)当たり2000語余りになるでしょうか。
この『ドン・キホーテ』、スペインの家庭の本棚には必ずと言っていいほど並んでいながら、多分通読した人はほとんどいないと思われます。しかしその書き出しは日本文学で言えば『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。』とか『徒然なるままに 日暮硯に向かいて・・・』のようにスペインでは皆が知っていて空で言えるでしょう。その冒頭部分が写真3.です。
写真3
“En un lugar de la Mancha, de cuyo nombre no quiero acordarme, no ha mucho tiempo que vivía un hidalgo ・・・”
“その名は思い出したくないが、ラ・マンチャ地方のある所に、さほど遠くもない昔、一人の郷士が住んでいた・・・”
写真4
写真5
写真6
写真4と5は 三号線上りホームから望む下り線のホームです。当たり前すぎるのか立ち止まって読んでいる人は皆無でした。関係者以外立ち入り禁止区域の扉まで使用している様子が写真6.です。
スペインの推薦によりユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は1995年11月、毎年4月23日を『世界本の日 世界図書・著作権デー』に制定しました。世界の二大文豪の一人イギリスのシェークスピアの命日は1616年4月23日(ユリウス暦・旧暦)、そして我らがセルバンテスが亡くなったのも1616年4月23日(グレゴリオ暦・新暦)なのでこの日が選ばれたようです。そこで1996年よりスペインでは毎年この日に『ドン・キホーテ』全編ノンストップ朗読リレーイベントが開催されています。
王室のメンバーをはじめ大臣、文化人など各界の著名人だけではなく一般の大人、子供も参加してこの大作を読みつないでこの日を祝います。はじめの頃は会場に参加者が集まって順番に朗読していましたが、ネット環境の進歩にしたがって全世界から参加できるようになり読了までの時間もかなり短縮されてきました。今年第25回目を迎えネット配信されたこのイベントの模様がこちらです。全編を読み終えるまでにおよそ15時間かかっています。
XXV Lectura virtual del Quijote - Círculo de Bellas Artes (circulobellasartes.com)
37万8115ワードを15時間で割ると1時間当たり2万5207語で、1分で420語という計算になります。
地下鉄3号線の電車の始発は朝06時05分、終電は翌朝02時00分で営業時間は20時間余りありますので計算上は地下鉄スペイン広場駅3号線ホームで一日過ごせば読了可能ということになりますね。
とはいっても小説の主人公の銅像を見て、その元ネタとなった小説を読もうと思うのは、熱海の海岸で寛一さんがお宮さんを下駄で蹴り飛ばすDV現場の銅像を見て『金色夜叉』を読んでみる気になるみたいな事でしょうか? 私自身熱海出身ですから“お宮の松”と記念像は見ことはありますが、小説を読もうとは思いませんでした。しかし『ドン・キホーテ』は読みましたし、今でも折に触れ読んでいます。写真7は熱海の海岸にある“お宮の松”と“寛一お宮の像”(熱海市観光協会HP)です。
写真7
私の故郷である静岡県熱海市の話題になりました。唐突ですがこの場をお借りして、7月3日、同市伊豆山地区で発生した土石流災害によりお亡くなりになった方々のご冥福と、被害を被った方々、関係者の皆様が一日でも早く以前の生活を取り戻して頂くことをお祈りいたします。また過酷な条件の下で今でも捜索、復旧活動に携わってくださる皆様に心よりお礼を申し上げます。
災害発生直後に緊急避難場所の一つになった熱海市立熱海中学校は私の母校です。そしてかれこれ半世紀ほど昔に足しげく通い、今でも帰郷時には顔を出す市内のラーメン屋さんがありますが、その店に麺を卸している老舗製麺所は土石流に直撃され営業中止を余儀なくされました。その製麺所のご家族が自宅から撮影した土石流到達時の映像がこちらです。
20210703_熱海土石流災害_コマツ屋製麺所付近 - YouTube
遠くスペインより麺の復活を心待ちにしております。