• 2024.06.07
  • セビリアからロンドンへ宮殿宅急便
アンダルシアの州都セビリアに春が来ると街中が香しい空気で満たされます。街路や公園に植えられている5万本余りのオレンジの樹に咲く白い花が芳香を放つのです。日本に例えれば散歩の途中にふと香る沈丁花が街全体に溢れている感じでしょうか。このオレンジ、伝説によればセビリアを造った神話の英雄ヘラクレスが持ち込んだとか、8世紀から13世紀までこの地を支配していたイスラム教徒が広めたとか言われています。オレンジと呼ばれていますが、正確には日本でいう橙(Citurus aurantium)の類で、スペイン語ではnaranja amarga 苦オレンジです。写真1はセビリア旧市街の中心に位置するカテドラルの、その名もPatio de los Naranjos オレンジの中庭です。


写真1

そしてカテドラルの隣にはスペイン王室の御用邸で世界遺産にも指定されている14世紀に建設が始まったレアル・アルカサル宮殿があります。1526年3月11日スペイン帝国の皇帝カルロス5世はポルトガルのイザベル王女との婚姻の儀をこの宮殿で行いました。その際両陛下が記念に植えたオレンジは今も健在で、7ヘクタールの庭園に植えられている1053本ものオレンジの樹々にもそのDNAが受け継がれているかもしれません。

この柑橘類、日本の橙と同じく果実はその苦さや酸っぱさから生食には適さず、スペインではもっぱら庭木や街路樹としての鑑賞用、また花は香水の原料として珍重されてきました。そして果実にはゼリー化作用のある食物繊維のペクチンが多く含まれ、酸味と苦みはかえってマーマレードに適しているというので、とくに英国人の朝食のマストアイテムとなっていて、多くの家庭では年があけるとオレンジを多量に仕入れて一家相伝のレシピで一年分のマーマレードをつくるのが習わしとか。その際正統派として特に喜ばれるのが写真2のようなセビリアの苦いオレンジだそうです。


写真2

ところで現在のフェリペ6世スペイン国王陛下の曾祖父にあたるアルフォンソ13世がお妃に迎えたのはビクトリア女王の孫娘のビクトリア・エウヘニア王女です。両陛下がセビリア行幸の際にはアルカサル宮殿に滞在し、皇后陛下は冬の時節には宮殿の庭園に実ったオレンジをマーマレード用として御実家の英国王室へ送っていたそうです。このオレンジ宅急便は一度途絶えていましたが2020年にめでたく復活、その際送られたセビリア・オレンジは英国王室御用達業者のWilkins & Sons社によってマーマレードに加工され献上の運びとなりました。

そして2022年、駐スペイン英国全権大使を務めるHugh Elliot氏はアルカサル庭園のオレンジを一度マドリードに送ってもらい、ご実家に伝わるレシピに従ってご自身でマーマレードを作ってバッキンガム宮殿へと献上しました。写真3はマドリードの公邸内でマーマレード制作中の大使です。”Preparar mermelada de naranja amarga es una vieja tradición británica y en mi casa siempre” “苦いオレンジでマーマレードを作るのは英国の古くからの伝統で我が家でもずっとそうしています”と画面にコメントがあります。.


写真3

2022年エリザベス女王即位70周年を祝うプラチナジュビリー式典の三日目、女王陛下は熊のパディントンをバッキンガム宮殿でのアフタヌーンティーに招待しました。その際ご愛用のロウナー社製ハンドバックに隠し持っていたマーマレード・サンドイッチをチラリと披露したのです。パンに塗られていたマーマレードはセビリア・オレンジを使ったマドリード駐在大使のお手製かもしれませんね。写真4は女王陛下が緊急事態用にと常備しているマーマレード・サンドイッチです。


写真4

ついでながら、英国では1月~2月の時期になるとスーパー・マーケットなどに並ぶセビリア苦オレンジですが、スペインでは一般に販売しているのを見たことがありません。此処では集めた果実は飼料や肥料、バイオマス発電用燃料として利用しているそうです。食用に加工する頭は端からないスペイン人と違い、始末しいの我が家では街路樹から落ちている果実を拾い、絞った果汁に醤油をまぜポン酢もどきにして活用しています。

特派員

  • 山田 進
  • 職業スペイン語・日本語通訳

スペイン政府より滞在許可と労働許可を頂き、納税・社会保険料納付をはじめて早37年。そろそろシルバー人材センターへの登録も視野に入った今日この頃、長い間お世話になったこの国のことを皆様にご紹介できることを楽しみにしています。

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