私が網走刑務所を見学したのは、かなり前のことになりますが、冬ではなくて気候の良い時期だったことや、博物館となっている今、監獄というおどろおどろしい印象は残りませんでした。
幸いにして、刑務所とは縁の無い人生。けれども本当はどんな所なのか、網走刑務所を思い返したとしても想像がつくようでつきません。映画でも、特にアメリカ映画で、様々な刑務所のシーンを見かけますが、所詮、フィクションと思って見るので、刑務所を現実的なものとしては捉えるのが難しいものには変わりません。
ミラノ市内には中心地に1つ、刑務所があります。面白いことに、この刑務所はミラノの高級住宅地の一角にあり、刑務所を囲む大通りでは火曜日と土曜日と大々的な青空市場が広かれ、一般市民と観光客で賑わっている対照的な環境が興味深いものに感じられます。目と鼻の先には、世界が注目するダヴィンチの博物館、ミラノの重要な大学1つであるカトリック大学など重要スポットの目白押し。それでよくよく考えると、ミラノの面白いところはコントラストを成すものが隣り合わせにピッタリとくっついていることが多いのです。
五つ星のホテル シャトー モンフォルテは、聖フランチェスコ慈善救済施設と隣り合わせに建っています。薬物依存者や収入を得る手段の無い貧困者などに まかないとシャワーを無料で提供するこの施設には、ある時刻になるとサービスを受けるための貧困者たちの猫背な薄暗い長蛇の列が路上に伸びて行きます。その傍、ホテル シャトー モンフォルテには宿泊するお客の高級車が寄せられ、着飾った紳士淑女が降り立つこの対照的な世界。
さて、話を戻すとミラノ市内の刑務所は、高級住宅地区に建っているとは言えども、所詮、刑務所。その地区の住人の生活スタイルとはかけ離れた世界であることには間違いがないのですが、どれくらいむごい環境なのかは全くもって想像がつかないものです。聞くところによると、ミラノ近郊には他に2つ刑務所があるそうですが、なんと、このミラノ市内の刑務所の受刑者の扱いが一番酷なのだそうです。博物館になっている網走刑務所とは違って、そう容易く訪問できる場所柄では無いので、取材をできずにいるのですが、一度クリスマスコンサートをしにミラノ郊外の方の刑務所を訪問したことがあります。
外来者は、最初のゲートにおいて携帯電話、USBなどを預け、持ち込み出来ないように決められています。
マフィア大国のイタリアでは、仲間に裏切られて(?)刑務所に入れられてしまった大物たちが、電話一本さえかけられさえすれば、自分をはめた相手に復讐する手はずを整えることが出来ることから、外来者の携帯電話は全財産をはたいてでも欲しいものだとか。
入所した外来訪問者や演奏者は、訓練された刑務所の職員たちに誘導され、規則正しい進行に乗っ取って、イベントやコンサートを行います。コンサートの開始も、イタリアでは20分遅れや30分遅れは当たり前のことですが、刑務所の中のコンサートは、1分の狂いもなく受刑者がコンサート会場に整列して入場し、静かに着席しコンサートは時刻通りに始まったわけで、開始時間遅れに慣れている私の調子を狂わせていました。
職員に聞いた所、クリスマスコンサートを聴きに来られるのは、品行方正になったと見なされている限られた受刑者のみ。 本来ならクリスマスコンサートが終了してから「よいクリスマスを」と演奏者同士、または演奏者と観客の間で、言い交わして抱擁をしてそれぞれの家庭に帰っていくのですが、受刑者の彼らは 列をなして静かにそれぞれの監房に戻って行きました。
どんな間違いを犯したかも私には知る由も無いあの受刑者たち、コンサート鑑賞で改心するきっかけの1つになったら本望です。