これを聞く度に、私はムッとして「そう?その分、朝日が昇るが早いのヨ!日本は朝が早いのよ」と減らず口を叩いてみせるのです 。実際の所、日照時間はイタリアの方が少々長いようです。が、日が短い事がまるで欠点を指摘されたかのように捉えてしまうのは、きっと私の被害妄想のせいなのでしょう、、、
さて日照時間に関して理由も無く対抗意識を持つような性分の私には、指摘攻撃は絶えないものなのです。例えばレストランに入って着席をした時。
メニューを読みながら、又は注文後にイタリア人は卓上の小さなバスケットに入ったパンを食べたり、グリッシーニと呼ばれるクラッカーのような食感のスティックパンをポリポリ食べたりして、お料理が運ばれてくるのを待っておしゃべりをします。
パンは幾らでもおかわりが出来るので、待っている間にパンを貪り食べてお腹いっぱいになってしまう事も多々ありだし、お料理が運ばれて来た時にはテーブル上は食べ散らかしたパン屑でいっぱいでまるで食べ終わった後のテーブルみたい、なんてことはよくあります。
それゆえ、日本のレストランで着席をしたイタリア人達は「えー!パンをもらえないの?!」と不満そうに私に言うのです。
この国は一欠片のパンも恵んでくれないくらい貧しいかのように騒いでみせるので「日本のレストランではね、飲み水がタダだし何回でもおかわり出来るのッ。イタリアでは、お金を払わないとお水は出てこないじゃないッ」と私は反撃します。
更には、イタリアでは食卓用ナプキンが家庭でも各自にあてがわれる習慣となっていて、最近は布製では無くて使い捨てのナプキンが主流ではありますが、お話をする時や飲み水やワイングラスに口をつける前に、ナプキンで口のまわりについた脂分を拭ったりとナプキンは欠かせないイタリアでの食卓。それもかなり大ぶりのナプキン。布製のナプキンはテーブルクロスに合わせて作られている場合が多いので、家庭でも大事な会食時には布製ナプキンを使用して食卓を飾ります。
きっと怒りっぽい性分の私をからかって楽しんでいるのでしょう、イタリア人はナプキンに関しても更なる指摘してきます。すぐにムッとする私は「日本はお箸の国だからね、出されるお料理は各自がフォークやナイフを使って切り刻む必要は無いようにできていて、しかも口周りを汚さずに上品に食べられる大きさになっているのよ。赤ちゃん用のヨダレ掛けみたいに大きなナプキンは要らない。フフン」とフォークとナイフを使って力ずくでお肉を切っているシーンをパントマイムで演技をして、大口を開けて頬張ってみせておいてから、澄ました表情をしてお箸を使って上品な感じに食べる仕草をしてみせます。
そうすると、しばらくの間は彼らは文句を言わずに大人しくして、感嘆コメントだけを言ってくれるのですが、、、次は、どこが違うと言われるのかな?