• 2023.03.30
  • 宝物それとも屑物?
イタリアは文化や工芸品に溢れていて、その中の一つに楽器。イタリアのクレモナといえば、世界中の楽器職人、楽器ディーラー、弦楽器奏者が注目する楽器職人の町。
私も弦楽器演奏家なので、クレモナに限らず楽器職人たちとは何かと関わり合いがあります。

先日、ある住まいに放置されていた楽器の価値判断でちょっとワクワクした事件がありました。そこに住まわれていたお年寄りが亡くなった後に、御子息の方達がその家を売りに出すため、不要な家財を引き取る業者を呼んで家を片付けてもらうことになったのでした。

そこで出てきたのが、バイオリン。ケースに入ったそのバイオリンは鑑定書付きで、1700年代の有名なイタリア楽器職人の1人、テストーレの作品とも言えるだろうという内容でした。


さて、その業者がそのバイオリンや鑑定書を写真に撮って、興味ある買い手を見つけようと写真を配った所、地方に住むある男性が現物を直に見てから決めたいとは言わないから、その代わり1500ユーロで即金払いで買う。それでオーケーならば3日後に楽器を持ってきてくれ、とオファーをしてきたのでした。

写真だけで大胆なオファーをした人物の出現で、その業者は面食らってしまいました。その楽器はもしかしたら本物のテストーレの作品かもしれなくて、となると25万ユーロくらいする値打ち物となりうるという訳で楽器の正体に疑問を持ち始めましたので、ひょんな縁があって私と同僚の所にその楽器を持って現れたのでした。

そのバイオリンは一見駄作で、名器からは程遠いものでした。が、所々の修理箇所に駄作の楽器に不釣り合いな程の手の込んだ、そして費用をかけた修理が施されていたのでした。

鑑定書の方は何十年も昔の鑑定人の手書きで強い癖字なものでしたからまず文字の判読に苦労を費やし、何度も読み直してから段々と意味がわかってくるような微妙な表現の文章だったのです。つまり大体こんなような表現:

この楽器はテストーレであるかもしれないことは否めない気配も残しているとも言えます。


こんな曖昧な表現では鑑定書とは呼べないと私は言いたくなってしまうのですが、いずれにせよ私も同僚もその楽器を判定しかねたので、近所の楽器職人工房に持ち込んで、見てもらうことにしました。駄作に1500ユーロで買う人物を含む幾つかの謎めいた事柄に惑わされるのか、その職人さんも持て余して判断しかね、とうとう鑑定士に見せる事態にまで発展していきました。


イタリアでは、先祖代々が住んできた家の屋根裏部屋に放置されていた物の一つに、バイオリンの名器が発見されたり、青空市場でガラクタと一緒に市場の値段で売られていたバイオリンを何気なしに買った市民が、その後調べてみたら高価な名器だった、という事件が数年前まで何回か起きています。それはニュースでも報道されてきたので、最近は楽器が意外な場所で発見されると、みんな慎重になるわけです。

思ってもみないところで宝物に巡り逢える可能性と冒険が散らばっているのが、イタリア。

特派員

  • 三上 由里子
  • 職業音楽家

チェリスト。ミラノを本拠地にソロとアンサンブルの演奏活動中。クラシックからポップスまで幅広いジャンルのレパートリーを持ち、イタリアの人気コメディアンの番組にバンド出演中。

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