• 2023.09.27
  • ナポリを見ずして死ぬことなかれ
イタリアに住んで約25年。新鮮な驚きに満ちた国だとつくづく思い続けさせられます。

日本から来た当初は、イタリアのそれも特に南部地方の混沌した様子に呆然としたもので、最高に美しいだろー?とイタリア人に言われる度に、それに頷きながらも、実は南部イタリアの何がどういう風に美しいのかを分からずに理解に苦していたものでした。

例えば、ナポリ。

「ナポリを見ずして死ぬことなかれ」という有名な謂れがあるにもかかわらず、一体どういうことなのでしょうか、ナポリの暗黒な面は周知の事実。同じイタリア人の背中にでさえ戦慄が走るナポリの暗黒界と、その反面、憧憬の念。この矛盾に長い間私は納得がいかなかったのでした。


事実、ナポリの街中はゴミが散らばり、歩道や道路のブロック石は外れて転がり放題で、凸凹の酷いこと。使われなくなった公共の飲み水場は、ゴミ箱と化していて、街の荒れ様は一目瞭然。信号機の存在も意味もなさず、信号が赤に変わろうが乗用車は通行し歩行者を仰天させ、ヘルメット無しでバイクを運転しているのはごく当たり前。時には3人どころか4人乗りも見かけ、更には子供も乗っているのも見かけると、同じイタリア人でも北部出身はたじろいでいる始末。加えて、警察官らがそばに立っていたりして、何を取り締まっているのか何だか分からない気持ちにさせられます。


ナポリでタクシーには絶対乗るな、必ずボラれるからと同国人の間でも悪名高く、スリが徘徊し見事なお手並で盗みを働き、買い物やレストランでの支払いにおいても、何食わぬ顔で加算を仕掛ける町。

町には教会が溢れ、それこそ20メートルおきに通りの左右に教会が建っていますが、おそらく9割が放置されて閉まっている有様。けれども、街角のあちらこちらにマリア様が飾られていて、信心深いのか何なのかよく分からないのですが、非常に迷信深い、と言うのがより正しい見解。


こんなにも不潔で不信用で、悪名高いナポリがイタリア人を始め世界中の人々を魅了するのは本当に一体どうしてなのでしょう。

ヴェスビオ火山が美しいから?ピッツアの発祥地だから?美しい海があるから?それとも美味しいコーヒー?


問い続けて私が出した結論は、地形がもたらす気候とそれに育まれたナポリ人の気質が魅力なのだと思います。町の通りを駆け抜ける海風は、辛い嫌な思いも風に乗せて運んでいくかのようで、トラブルに巻き込まれても騙されたとしても、人生色々あるさ、と大らかに捉えているかのようなライフスタイルを生み出している様子。

嫌なことは水に流して、と言う様に目の前に広がる海が恨みつらみを洗い流してくれるかのようにナポリ人は海と共に生きていて、ナポリ独特の風土と気質を育んでいるかのようです。


人間の本来が持つ野生的な部分を思い出せと問いかけているかのような町と市民。ナポリの食材と数々の伝統料理やお菓子のその質と量は、美味しいものに舌鼓を打ち、お腹をいっぱいにしたいという人間の純粋で究極な欲求を見事に満たしてくれるのです。

ナポリを訪れた人は、ナポリ人が情熱をかけて作り、自信を持って提供する姿勢に、ナポリ人の誇りと強みを見出し感嘆するのでしょう。

特派員

  • 三上 由里子
  • 職業音楽家

チェリスト。ミラノを本拠地にソロとアンサンブルの演奏活動中。クラシックからポップスまで幅広いジャンルのレパートリーを持ち、イタリアの人気コメディアンの番組にバンド出演中。

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