• 2021.03.30
  • 3月11日
2011年3月11日。
東日本大震災。
日本人なら誰もが記憶に焼き付いているはず。
アジアのニュースに疎いポルトガルでも、その時の映像は大々的に扱われていた。

その日の朝、勤務先に出向くと同僚が、
「日本で大きな地震があったみたいだけど、家族は大丈夫?」
と声をかけてきた。

毎度のことだと思い、
「あぁ、地震なんてしょっちゅうある国だしね~。大丈夫よ、きっと。」
と軽くこたえた。

でも、かなり大きかったらしいと映像を見せられた。

野焼きを早送りで撮影したのかな?
まるでドミノ倒しのようなスピードで色が変わって行くのを見て、初めは何なのか全く理解ができなかった。

前日再会した、日本からいらした恩師が帰国できるのかが心配になり、急いで連絡する。

・・・あれから10年。
未だ苦労は尽きないだろうが、少しずつ復興に向かっている。
人々は前向きに、力強く生きている。


2010年3月11日。
息子誕生。
家族の記録に大事な1ページができた瞬間。
モモは、未来のサッカー選手が生まれたと、大喜びでビデオを回す。

その日の朝、いよいよ陣痛が来たと感じる。
向かった病院で、
「そろそろ痛みも強くなる頃だから、中のベッドで横になりますか?」
と看護師に言われる。

2人目だし、心に余裕がある。
「いいえ。むしろ庭に出ていた方が晴れやかですし、気持ちの良い風にでも当たってきます。」
と爽やかにこたえた。

わずか数十分後、同じ窓口の前に戻っていた。

医者の行い、モモと看護婦たちの賑やかな会話、まるで映画のワンシーンのよう。無痛分娩だったため、全ての流れが把握できる。

タイミングよく、日本からポルトガルに向かっていた母から、到着したと連絡がある。

・・・あれから11年。
ゲームやYoutubeに依存した彼の目は死んでいる。
目の前には、ゾンビ化した息子が座っている。

特派員

  • 太田めぐみ
  • 職業修復士、通訳、コーディネーター/Insitu(修復)、Kaminari-sama、ノバジカ、他

ポルトガル在住の保存修復士。主に、絵画(壁画)や金箔装飾を専門にし、ユネスコ世界遺産建築物や大統領邸の内部を手がける。シルバーコースト近くの村で、地域に根付いた田舎暮らしを満喫している。趣味は、土いじり。

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