私のように2都市間を移動する生活は、アーティストの世界では珍しいことではありません。多くのアメリカ人は1つの都市で暮らし、職場も近く、平日の夜や週末も遠出をせずに近所の友人たちと過ごします。車中心の生活なので、めったに列車には乗りません。私が住んでいるニューヘブンはニューヨーク行きの通勤列車が頻繁に走っているため、ライフスタイルに合わせて郊外を生活の場として選び、列車で片道約2時間(往復約4時間)かけて職場に通う人も珍しくありません。列車の中での過ごし方は、コーヒーを片手にノートパソコンや携帯デバイスを覗き込むのが定番で、朝の通勤時間には、会社にいるのと変わらない光景が見られます。新しい列車にはコンセントも完備され、通勤客はデバイスを接続して充電しながら作業できます。このような充実した車両サービスは通勤客に向けたものですが、非通勤客の私達も便乗させてもらっています。列車は1時間に2往復しますが、ラッシュアワーには本数が増えます。
ニューヨークまでの移動中には、旅の楽しみも味わえます。忙しい日々の暮らしの中で、いつの間にか失われてしまう想像力も、日常生活にはない空間に身を置くことで取り戻すことができます。窓の外を眺めたり、他の乗客の姿を見たり、読書や書き物、考え事を織り交ぜたりします。また、その道のりのそれぞれが、まったく違う感覚をもたらしてくれます。まず、ニューヘブン駅に行くと開放感を感じます。ある小さな駅には、アメリカの鉄道黄金時代を彷彿とさせる木製のベンチや飾り天井がいまだにそのまま残っています。私の故郷、ニューヨーク州ロチェスターにもかつて同じような駅がありましたが、すでに今風の駅に変わっています。
そして、列車に乗って、美しい郊外の風景、小さな街、アメリカが工業国だった頃の名残などを見ていると、澄んだ気持ちになります。コネチカットはアメリカの州の中でも特に、各都市に違いがあります。低所得者層の街から富裕層の住む街へ移動すると、景色が大きく変わります。それでも、みんなが同じ列車に乗り、一緒に座り、全てを受け入れています。列車の移動時間は落ち着いて作業に没頭する時間でもあります。ノートパソコンは車内の至る所で見られます。もはや、それは私達の一日の一部になっています。コンセントから充電できるので、安心して作業に集中できます。そして、いよいよグランドセントラルに到着すると、乗客の大半はメインホールに直行し、時計に迎えられます。
誰もが知っているように、グランドセントラルの時計はただの時計ではありません。待ち合わせ場所であり、案内所でもあります。列車に慌てて乗り込むときやラッシュから降りてきたときは皆携帯電話や腕時計を見る時間もないので、もちろん、時間も確認します。この時計は目印にもなりますが、約束に間に合うかどうかも教えてくれます。一日の終わりの帰路にはまったく別の世界を見ることができますが、それについては、またの機会にしましょう。