- 2015.10.16
- 遊歩道に村を作る・ティピーランド
ティピィーというのはネイティブアメリカンの言葉でテントを指します。今日はベルリンの小さなテント村、ティピーランドについてご紹介します。まずは日本人にはあまり馴染みのない、占拠の文化について少しお話ししたいと思います。占拠とは“他人の所有する土地や建築物に、人々が住み着く”という事ですが、こういった不法占拠は日本では考えられない程の寛容を享受しています。ベルリンの占拠の場合、大きな契機になったのが60年代半ばの都市計画です。市主導の大規模な事業で、地区によっては複数区画に亘り古い街並を取り壊し、新築の団地が建築されました。元々の居住者が退去した翌日に団地が建つ訳ではありませんから、これが複数の地区で行われれば、当然住宅難が発生します。同時に、退去が完遂されるまでにも長い年月が必要です。一つの家が空になってもその隣家にまだ人が残っていれば区画を更地にできず、場所によっては建物が10年以上空になるという状況が発生しました。そのような場所に、住宅難のしわ寄せであぶれた若者などの弱者が流れ込み、80年代までには相当数の建物が占拠され、不法占拠側と権威側がデモで死者を出す程に対立した事もありました。ティピーランドの入り口 ティピーランドは、3年前から不法に公共空間を占拠するテント村ですが、この土地を管理するミッテ区もこれを容認しており、ティピーランドと当局各部署の関係は極めて良好なようです。シュプレー川と製氷工場跡地に挟まれた緑地に、遊歩道に沿ってテントが並びます。水道・暖房設備はなく、必要最小限の電気は近隣から借ります。夏は旅行者もテントを張り、この日は30人程が暮らしているようでしたが、−20℃近くなる冬でも暮らし続けるのは十数人との事です。フリーガーさんのテント外観 フリーガーさんのテント内の囲炉裏 ティピーランドのリーダーである身長190cm近いフリーガーさんにとって小さなティピーが狭くないのかとの心配は、中に入らせて貰うと同時に消え去りました。外からは直径四メートル程に見えた円錐形のテントの中は随分と広々していて、ベッドが二つに囲炉裏、窓もあります。なんと27人を招いてパーティーをした事もあるそうです。フリーガーさんのティピーの横では、日本人のコウさんが廃材を使ってドイツ初の神社を建設中です。その隣ではトルコ人のおじいちゃんがオリエンタルフリルを飼っています。コウさんが作成中の神社の鳥居 トルコ人のおじいちゃんとオリエンタルフリル オアシスと言うと大げさでしょうか、高級マンションの建設ラッシュや、観光客で溢れるクラブの多いこの界隈から切り抜かれた様に、ティピーランドの時間はゆっくりと流れていました。この緑地は、もともと東西分断地帯だった場所で、現在は文化遺産に登録されています。シュプレー川を境とする分断線が陸地に入り込む地点には、壁とマストが残っており、川を泳いで逃げ出す人を監視する見張り台が、川岸の木陰に佇みます。簡単な造りの見張り台が残っているのを見ると、改めて、東西分断がそれ程昔の事ではないと思い出されます。この場を命がけで泳いだ人が居たのだと、見張り台に立ってみると、向こう岸の砂浜カフェでゴロゴロと日向ぼっこをする人々が見え、現在の平和に対する有り難味もひとしおです。文化遺産となった東西分断の壁 逃げる人を監視する見張り台も今では文化遺産に