他国の首都同様、マドリードにも数々の美術館や博物館があります。その中でも有名所となると、プラド美術館、国立考古学博物館、国立図書館、中南米関係ではアメリカ博物館などがあげられるでしょう。
ところがご本家スペインではなくアメリカに、これら各館の“
いいとこ取り”したような施設があります。場所はニューヨークはマンハッタンの北部ワシントン・ハイツ地区、その名も“The Hispanic Society of America-アメリカ・ヒスパニック協会” アーチャー・ミルトン・ハンティントン氏によって1904年に創立されました。鉄道・造船財閥の息子として生まれながら、ビジネスには全く興味を示さなかったようで、彼の紹介文にも考古学者、図書収集家、慈善家、詩人とあるくらいです。1882年、12歳のハンティントン少年は両親との欧州旅行で立ち寄った英国のリバプールで“The Zincali or An account of the Gypsies of Spain”という本に出合ったのがきっかけで,スペインにのめり込んでいきました。ところがすぐにはスペインには足を踏み入れずスペイン語やイベリア文化、はてはアラビア語まで猛勉強、漸く22歳にして初めてスペインを訪れた時にはすでにスペイン語やスペイン関係の蔵書を2000冊以上所有していたとか。その最初の旅行も、11世紀のスペインの英雄“エル・シド”が歩んだスペイン北部からバレンシアまでの道筋を辿っての旅という“オタク度”全開ぶりでした。さて、そのスペイン・フリーク、ハンティントン氏の収集内容は、スペイン・ポルトガルに止まらずその昔スペインを支配していたアラブ文化、海を越えて中南米諸国やフィリピンまで広範囲に及ぶ芸術・骨董・書籍・古文書・宝石・等々の文化資料で,時代としてはなんと旧石器時代から現代まで広範囲にわたっています。それらが収められているのが、協会創立の4年後開館した総合博物館『The Hispanic Society Museum & Library』です。たんなるボンボンの道楽と思いきや“もし今スペインが消滅したとしても ニューヨークのヒスパニック協会に生き続けるだろう”と言われるまでになりました。協会には創立者の名前を使用せず、入館も無料にして出来るだけ多くの人々と共有するという、ハンティントン氏の意思からも、純粋にヒスパニック文化を愛する姿勢が感じられます。今回、その所蔵品の中でも特に“至宝”とされている絵画、彫刻、陶磁器、宝石、古文書、装飾品、等これまた“
いいとこ取り”の220点を展示する小美術館がプラド美術館の中に出現しました。それが、今年4月4日より9月10日までプラド美術館で開催されている “Treasures Of The Hispanic Society of America- アメリカ・ヒスパニック協会の至宝展”です。
展覧会パンフレット西・英版、表紙はベラスケス作 『少女の肖像』
多くの貴重な展示品のなかでもやはり開催場所が美術館ですから、普段スペインでは見ることができない、スペイン絵画に目が行ってしまいますね。エル・グレコ、ベラスケス、ムリージョ、スルバラン、ゴヤなどスペイン絵画を代表する画家達の傑作が目白押しです。その中でも目を引くのがゴヤ作、自身のパトロン(庇護者)であったアルバ公爵夫人の肖像画。右手の人差し指と中指に付けている指輪にはそれぞれ“Alba”と“Goya”の文字が見え、指さしている地面には Solo Goya と書かれています。オンリーゴヤ、(ゴヤ、あなただけよ)という意味になります。この”Solo“は当初、塗りつぶされていて署名の”Goya”しか読めなかったそうですが1959年に行われた修復の際に見つかりました。ちなみに指輪の文字は後からゴヤ以外のだれかが書き加えたとされています。貴族夫人とおかかえ絵師のただならぬ関係、当時の口さがない皆さまにとって格好の話題を提供していたことでしょう。
黒衣のアルバ公爵夫人
愛の証の指輪2つ
Solo Goya あなただけよ
余談ですが、先日、訪日中のスペイン・フェリペ6世国王ご臨席の下、来年の“プラド美術館展開催協定書”が交換されました。2018年スペインと日本の外交関係樹立150周年記念行事の一環として東京と神戸で『プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光』が開催されることになったのです。東京展は、国立西洋美術館にて2月24日(土)から5月27日(日)まで。神戸展は 兵庫県立美術館にて6月13日(水)から10月14日(日)まで。ベラスケスを中心として、エル・グレコ、スルバラン、リベラ、ティツィアーノ、ルーベンスなど17世紀黄金時代を代表する巨匠達の作品約60点が展示される予定です。