• 2021.10.06
  • 秋のマドリードで想うよしなし事
 “天高く馬肥ゆる秋・・・” 通訳稼業を始めた頃、ある式典で日本からの来賓の挨拶がこのように始まり一瞬固まったことがありました。秋は空が高くて馬が太る、とそのまま訳してスペインの皆様にご理解いただくには若干の無理があるので“爽やかな気候の秋となりました・・・”、と当たり障りのない意訳で急場をしのいだ懐かしい思い出です。

 日本の秋は思いつくだけでも読書の秋、食欲の秋、芸術の秋、実りの秋、行楽の秋、等々とイベント盛りだくさんでなにかとお忙しい時節ですね。そしてスポーツ、今年まではベスト・シーズンは秋だと思っていました。しかし実は最適なのは夏という判断なのでしょう、世界中から集まるアスリート達に一番良いコンディションで試合に臨んでほしいという“お、も、て、な、し”の心で大規模スポーツ・イベントはあえて真夏に開催されました。

此処マドリードは例年と比べて短いながら今年も猛暑でしたがようやく“馬が太る”秋の気配がしてきまして、窓を閉めて就寝するようになりました。まだまだ終わりの見えないCOVID19が蔓延中で、マスク着用、ソーシャル・ディスタンス、テレワーク、ステイホームと相変わらずのウィズ・コロナ生活の中、長いバカンスが終わって学校も新学期に入り、なんとか日常生活の歯車が回り始めています。

と、ここで一気に衣替えで秋モード突入という訳にもいきません、というのも夏が終わったと思っていても、ちょうどミゲル聖人(San Miguel)の日にあたる9月29日前後に急に気温が上がる戻り夏のような現象が毎年起こるのです。スペイン語ではベラニージョ・デ・サン・ミゲル(Veranillo de San Miguel)ミゲル聖人の小夏、英語にすればSt. Michael’s Little Summer。 若干時期はズレますが、インディアン・サマーとか小春日和なども時期外れの暑い日々でしょう。
この戻り夏のもう一つの呼び名は丁度この頃に走りから旬に向かう果物メンブリージョ(membrillo)にちなんでベラニージョ・デル・メンブリージョ(veranillo del membrillo)と呼ばれています。この果物の和名はマルメロまたは西洋花梨(セイヨウカリン)ですのでマルメロの小夏ですね。
このメンブリージョ、不出来な林檎か不細工な梨とも思える外観で実際硬くて渋く生食には向いていません。ところが砂糖を加えて煮詰め、羊羹のように固めた加工品ドゥルセ・デ・メンブリージョ(dulce de membrillo)にすると立派なデザート、おやつになります。これをチーズと一緒に食べるのはスペインでは人気のアペリティーボ(おつまみ)です。


写真1

写真1.大手マルメロ加工会社Membrillo Emilys社のHPからお借りした自社農園のマルメロの写真です。 https://emilyfoods.com/el-membrillo/


写真2

写真2.スーパーで購入した上記会社のdulce de membrilloマルメロ羊羹(とかってに命名しました)とスペイン名物マンチェゴ・チーズです。この組み合わせは赤ワインとの相性抜群ですよ。色合いや食感が似ている柿羊羹が日本酒のアテになると同様で酒と甘味の素敵なマリアージュですね。

日本ではマルメロという名前自体余り一般的に知られていないかもしれません。しかしマーマレードを知らない人はまずいないでしょう。柑橘類などを皮ごと砂糖で煮込んだこのジャムの一種、名前の語源はポルトガル語のmarmeladaマルメラーダ、マルメロ羊羹だそうです。スペイン語では果実はmembrillo メンブリージョ、その木はmembrillero メンブリジェロ、しかしマーマレードはスペインでもポルトガル語起源のmermelada メルメラーダと言います。

このメンブリージョという言葉を見たり聞いたりするといつも思い出す映画があります。今から30年程前の1992年に公開された『El sol del membrillo』、邦題は『マルメロの陽光』、ある画家がマドリードのアトリエの庭に植えたマルメロ木の果実が大きくなってきて、そこにあたる陽の光と影の姿に感動し作品にしていく過程を、周囲の人々との関係を交えながら淡々と記録した静かな作品です。
監督は寡作で有名なビクトル・エリセ(Victor Erice)、彼の長編第三作目です。ちなみに第一作は1973年の『ミツバチのささやき』、二作目は1983年『エル・スール』 、つまり長編デビュー以来48年間で長編映画は3本しか撮っていません。


写真3


写真4


写真5

写真3.こちらが最新作(1992年!)のポスターです。真ん中にある大工道具の下げ振り錘は、画家が対象物の垂直度を正確に把握して中心線を決めるために使用したもので、果実や葉にも白絵具で目印をつけています。この映画の始まりは主人公が画材を抱えてアトリエへ着いた場面で、そこでのキャプションが 『Madrid,Otoño 1990 Sábado 29 de Septiembre マドリード、秋、1990年 9月29日土曜日』とあり、夏の太陽が戻ってくるミゲル聖人の日に絵の制作と映画の撮影が同時に始まったのがわかります。
このある画家とは現代スペイン・リアリズムの巨匠と称されるアントニオ・ロペス(Antonio López)です。

写真4.は東洋でも有数のスペイン美術コレクションを所蔵する長崎県美術館で開催された個展のチラシで、ここで使われているのは彼の代表作の一つで題名は『La Gran Vía de Madrid・マドリード、グラン・ビア通り』。
昇る陽の光を受け輝き始めた画面右奥に見える白亜のテレフォニカ(電信電話会社)ビルの上部といまだ影を残す街角の対比、そして早朝の目抜き通りの静寂に魅了され、夏の間、毎日06時30分(左手の建物に設置された電光掲示板に表示されている時間)前後から光の差し込み具合が変わってしまうまでの20~30分間だけキャンバスに向かうという制作方法を繰り返し1974年から1981年まで8夏かけて完成した作品です。

写真5.この作品を含む彼の代表作4点が2013年スペイン現代美術シリーズの切手になりました。


写真6

写真6.個展開催時長崎県美術館前に掛けられた会場案内の垂れ幕に使われている作品が『Membrillero マルメロの木』で、この制作過程を追う形で撮影されたセミ・ドキュメンタリー作品が上記の『マルメロの陽光』です。ちなみに映画のラストシーンは画家が眠りについた場面で、故郷のラ・マンチャ地方トメジョッソ村、生家前の広場、たわわに実をつけたマルメロの樹の下の自分と両親、人々の騒めきなどが取り留めもなく現れる夢のなかで終わります。

特派員

  • 山田 進
  • 職業スペイン語・日本語通訳

スペイン政府より滞在許可と労働許可を頂き、納税・社会保険料納付をはじめて早37年。そろそろシルバー人材センターへの登録も視野に入った今日この頃、長い間お世話になったこの国のことを皆様にご紹介できることを楽しみにしています。

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