• 2022.09.02
  • トマトとコロンブス
“冷やし中華始めました!” 関西ではもしかして“*冷麺(レイメン)はじめました!”かな。ともあれ中華食堂でこの張り紙をみると今年もこの季節が来たかと一瞬の感慨を覚えた記憶があります。同じように此処スペインでは定食屋のメニューにGazpachoの文字が登場すると夏の到来を感じます。冷やし中華は夏の季語とのことですが、多分スペイン俳壇ではガスパッチョが夏の季語とされていることでしょう。この冷たいスープについては日本でもだいぶ知られてきたようですね。この特派員報告で2015年6月26日公開された記事にもこの夏の定番スープについてラ・マンチャの男、六代目市川染五郎、記事当時は九代目松本幸四郎、現在二代目松本白鸚さんに関するエピソードとして言及しています。
https://kc-i.jp/activity/kwn/yamada_s/20150626/

引用すると
『夏のスペインでは、冷たいガスパッチョ・スープが定番です。トマト、ピーマン、キュウリ、玉ねぎ、ニンニク等を水、オリーブ油、酢、塩と攪拌した、どちらかと言えば野菜ジュース。幸四郎さんが染五郎時代の1970年、ブロードウェイのマーティン・ベック劇場で『ラ・マンチャの男』60回の公演を務められた際に滞在ホテルの近くにあったスペイン料理店で、同行なされた新婚の奥さまと初めて試したガスパッチョ、これに大満足、今でも松本家の定番メニューの一つだとか。』 彼が2015年、テレビ番組ロケで渡西した際、日本からの長旅の末ようやくたどり着いたマドリードの宿での最初の食事もルームサービスでご注文になったガスパッチョでした。

ところで今年の夏はガスパッチョの親戚筋にあたるサルモレホ・salmorejoという冷たいクリームスープに凝っています。材料としてはガスパッチョから引き算して最小限にとどめた感じで、調理法も同じく材料を攪拌しただけで加熱は一切ありません。写真1は近所のスーパーで購入したガスパッチョとサルモレホ、です。ラベルを見ると使用量の順番で材料の表示があります。ラベルの写真からもわかりますが、ガスパッチョはまずトマト、そして水、エクストラ・バージン・オリーブオイル、赤ピーマン、きゅうり、ワインビネガー、塩と続きごく少量のニンニクも入っています。これと比べてサルモレホの方はトマト、エクストラ・バージン・オリーブオイル、ひまわりオイル、パン、ワインビネガー、塩とニンニクです。
 

写真1

両者とも基本トマトベースの冷たいスープですが、一番の違いはその食感ですね。ガスパッチョは飲む、サルモレッホは食べる、かな。コンソメとポタージュの違いと言った方がわかりやすいかもしれません。材料の中でサルモレッホには水を使わず、ひまわりオイルを含ませたパンが入っていてモッタリ感を出しているのでしょう。これだけではあまりにもそっけないので、写真2.のように茹で玉子と生ハムをトッピングしてご馳走感を演出するのが定番です。


写真2

とここまで書いてきてふと気が付いたのがトマトの存在、ガスパッチョはスペインを代表する夏の定番ですが、トマトがなければ始まらない。コロンブスがアメリカ大陸との航路を開くまではトマトはヨーロッパにはなかったはずなので、ガスパッチョの歴史もせいぜい500年と思いきや、やはりスーパーで見つけた夏の冷製スープが白いガスパッチョです。写真3.のラベルでもお分かりの通り、材料もとてもシンプルで水、アーモンド、パン、エクストラ・バージン・オリーブオイル、リザーブ・シェリービネガー、塩とニンニクです。こちらの起源は2000年前のローマ時代かそれ以前の古代ギリシャとも言われていて、アンダルシア、マラガ地方の郷土料理ajo blanco アホ・ブランコ という名で伝えられている地中海料理の古参です。


写真3


今から丁度530年前、夏真っ盛りの8月3日の朝まだき、アンダルシアの港町パロス(Palos de la Frontera)からコロンブス率いる帆船3隻が出帆しました。トマト、ジャガイモ、トウモロコシ、唐辛子、落花生、などの野菜達が世界中の食卓にのぼるきっかけとなったとなった旅立ち、これは一つの事件です。このコロンブスの偉業が、トマトベースのガスパッチョ、ナポリタン、ピザ・マルゲリータ、ジャガイモオムレツ、肉じゃが、ポテサラ、ビシソワーズ、エビチリ、麻婆豆腐、キムチ各種、妙高名産かんずり、名古屋名物台湾ラーメン、柿ピー、などが生まれたきっかけとなったと考えるのは飛躍しすぎかな。南北アメリカ大陸の中でしたら地元ですから、ポップコーン、コーンフレークス、ピーナツ・バター、ケチャップやタバスコ・ソース、 ポテチ、等はコロンブスさんがいなくても存在可能でしたけどね。

スペインからイタリア、フランス、アメリカ大陸、中国、韓国、日本へと食べ物がらみの思いが飛んだ猛暑のマドリードで見た真夏の夜の夢でした。

(*)冷やし中華・冷麺(レイメン)は夏の食べ物と認識されていますが、韓国冷麺(ネンミョン・レンミョン)は物の本によると朝鮮半島北部で旧暦11月極寒の頃の食べられていたそうで、韓国俳句界(あれば)冷麺は冬の季語になるのでしょうね。

特派員

  • 山田 進
  • 職業スペイン語・日本語通訳

スペイン政府より滞在許可と労働許可を頂き、納税・社会保険料納付をはじめて早37年。そろそろシルバー人材センターへの登録も視野に入った今日この頃、長い間お世話になったこの国のことを皆様にご紹介できることを楽しみにしています。

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