• 2023.05.30
  • スペインの国獣
国鳥とか国花という言葉はよく耳にしますが、国を代表する動物という意味での国獣とはあまり聞きなれない言葉だと思います。とは言え多くの国には公式か非公式かを問わず大多数の国民が認める象徴的な生き物がいます。スペインではおそらく全国民が認める国獣は雄牛Toroでしょう。紀元前1世紀ギリシャの地理学者ストラボンが現在のスペインとポルトガルを含むイベリア半島を piel de toro 雄牛の皮の様な土地と表現しました。以来スペイン人が自国を指し示す言い方として“el país de la piel de toro 牛皮の国”が頻繁に使われます。図1.ややこじつけ気味ですがこのようなイメージですかね。角は後付けです。


図1

このスペイン=雄牛のイメージを決定づけたのが Toro de Osborne オズボーンの雄牛ではないでしょうか。Osborne(スペイン語読みではオスボルネ)とはスペイン南部のアンダルシア州の中でも最南端に位置するカディス県の大西洋に面した港町エル・プエルト・デ・サンタ・マリアで1772年に創業した老舗酒蔵の名前です。

当初はイギリス向けシェリー酒製造販売がメインで欧州各国の王室御用達も賜っていた会社がスペイン国内に向け自社ブランデー『VETERANO 』販売促進キャンペーンの一環として採用したキャラクターが雄牛です。そして街道沿いに黒い雄牛のシルエットの大きな看板を設置し始めたのが1957年のことでした。写真1は初期の雄牛看板です。当初は木製で牛の角は白く塗られていました。最盛期にはなんと500もの看板がスペイン全土にあったそうです。


写真1

ところが車の事故増加とともに規制が厳しくなり、ドライバーの注意をそらすような看板は道路沿いに建ててはいけないとう規則が出来て、街道から離れた場所に移動させられることになり、遠くからでも見えるようにだんだんと大きく、また強固なつくりになって、最終的には縦横14メートル、4本の鉄柱に支えられた70枚の鉄板が1000個のボルトで固定された総重量5000kgの巨大な雄牛が誕生したのです。図2.がその雄牛看板の図面です。


図2

その後、街道から見える看板はすべて禁止、とさらに厳しくなり、この牛も存続の危機にさらされました。しかし既にスペインを代表するアイコンだとして恩赦運動が起こり、結局、スペインの風景の一部で文化遺産であるという判決が出され、宣伝としての文字を黒で塗りつぶしてシルエットだけにするという条件で救われたのです。写真2.をご覧いただければ如何にこの牛がスペインの風景に溶け込んでいるのかがお分かりいただけると思います。


写真2

現在はスペインに95頭、メキシコに6頭、デンマークに1頭、そしてなんと日本に1頭存在しています。メキシコではまだ広告の意味もあってその胴体にはオスボルネ酒造のシェリー・ブランデー MAGNOの文字が書かれています。写真3.はメキシコの看板です。商品名と会社名の下に小さく“・・・飲みすぎに注意”と書かれています。


写真3

そしてデンマークでは広告目的ではなくスペインのシンボルとして首都コペンハーゲンにある多国籍交流を目的としたスーパーキーレン Superkilen公園に設置されました。ご近所に住んでいる2人の老婦人が“80余年の人生で一番幸せな思い出がスペインで過ごした楽しい休暇の日々でした、そして訪れるたびに迎えてくれたのがこの雄牛なのです”と市当局とオスボルネ社に提案して実現しました。写真4.アメリカ合衆国のシンボルとしてのドーナツ看板と並んだデンマーク在住オスボルネの雄牛です。


写真4

また日本の1頭も宣伝看板ではなく、新潟県越後妻有地区で2018年に開催された芸術祭に出品されたアート作品です。オスボルネ社宣伝部長曰く“地震や豪雪も考慮して設置したので、全頭のなかで最も頑強に作られた牛になった”とのことです。写真5.は松之山温泉街を見下ろすオスボルネの雄牛、作品名はブラック・シンボルです。


写真5

続く

特派員

  • 山田 進
  • 職業スペイン語・日本語通訳

スペイン政府より滞在許可と労働許可を頂き、納税・社会保険料納付をはじめて早37年。そろそろシルバー人材センターへの登録も視野に入った今日この頃、長い間お世話になったこの国のことを皆様にご紹介できることを楽しみにしています。

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