仕事でヴェネト地方に行った時のこと。「今日のお昼は、近所のトラットリアに行こう。そこのデザートは最高だ。けどね、オーダーする時に困っちゃうんだよね。」と同僚が言うので、たかがデザートのオーダーで躊躇するとは一体どういうことか、と訳が分からず黙って聞いていると「君もね、甘党ならばこの美味しい伝統的焼き菓子を試すことを薦めるよ。でもね、問題はメニューには書いてなくてさ、だから『これを下さい』と指で示すオーダーは出来ないから、その焼き菓子の名前を口頭で伝えなくてはならないのは、必然なんだ。」と説明が続きました。
その焼き菓子の名前は、「プッターナ(Puttana)」なのでした。つまり、娼婦。
確かに「娼婦をお願いします」というオーダーをするのは、躊躇ってしまいますね。
刺激的に響くこんな言葉なので、一体どういう経緯があったのかと聞いてみると、もともとは侮辱の意味があって生まれたわけではなかったらしい。貧しさとその生活感を象徴する産物であるが故のネーミングである事がわかりました。
プッターナは、決まったレシピを持たない「あり合わせのお菓子」。干し果物、粉、砂糖、ミルク、時にはトウモロコシ粉まで混ぜて焼くそうです。形も味も毎回違う。その「雑多さ」「無秩序さ」を、当時の農民たちは遠慮なく「puttana」と呼んで、それは「ごちゃ混ぜの物」という意味だったのです。つまりこの焼き菓子の名前には、道徳的な意味は無くて、状態を表現しただけと言う背景が隠れていました。
プッターナをオーダーした後は、イタリア各地に見られるスキャンダラスなネーミングの食材の話題で、食卓は盛り上がりました。たとえば南イタリアの「テッテ・デッレ・モナケ(修道女の胸)」という菓子。形状をそのまま名前にした、少しブラックなユーモアも含んでいて、イタリア人らしいとも言えるような、笑いを誘うようなお菓子ではありますが、これまたオーダー時以上に、食べる時には更に躊躇してしまいませんかね。
日本にはスキャンダラスなネーミングなお菓子は存在しないのか?と言われ、慌てて調べると「へそ餅」「ちんすこう(語源に諸説あり)」「おっぱい饅頭」「金玉糖」など、かつては形や製法を素直に表した名前が各地にあった事がわかりました。これらもまた、生活に根ざした命名だったらしい。
洗練やブランド化が進む現代で、当時の暮らし方や価値観を伝える文化資料でもあるこうした人間臭い名前が次第に姿を消しつつあるように思えます。
