シドニーまで来た観光客は、ボンダイ・ビーチに向かいます。70年代のストリートアートとして名高い壁画やグラフィティ(落書き)が描かれた、シドニーで最も著名なビーチ沿いの長いコンクリート壁の写真を撮るためです。しかし、シドニーで一番有名なストリートアートがあるのは郊外の町、サリー・ヒルズ。居心地の良いカフェ、奇抜なファッションを扱うブティック、中古品のショップが多く、地元っ子の間では以前から名を馳せているエリアです。壁画やストリートアートのインスタレーションがたくさんあって、かくいう私も2020年に見に行ってきました。屋外にあって、誰でも無料で見ることができます。
この郊外の地区のアンダーグラウンドな空気は、近隣のファンキーなニュータウンやエンモアとよく似ています。この二つのエリアでは、家主から自分の家の外観を美しく飾りたいとの依頼を受けて描いたものもふくめ、グラフィティを価値ある芸術作品の域にまで高めた、ストリートアートのお手本のような名作を楽しむことできます。
今はカルチャー・スカウツが主催する、美しい壁画の代表作を見て回る有料のウォーキングツアーがあります。これに参加すれば、ストリートアートによって都市空間がオープンエアの美術館に変貌した歴史と、それによってその界隈の家々の価値が上がり、この地に魅力を見出したさまざまな企業が開業に至った経緯まで知ることができます。つまるところ、アートというものが時代遅れなわけではなくて、ただアートを生む方法、そしてそれを楽しむ方法が変わったという、それだけのことじゃないかなと思います。
シドニーで最も知られ、かつ愛されている壁画と言えば、このニュータウンにある、90年代に描かれた作品です。マーティン・ルーサー・キングのトリビュートアートで、そこには彼の名言、かの演説の冒頭部分「私には夢がある(I have a dream…)」が描かれています。
依頼どころか夜間に違法に描かれたという点では他の多くの壁画と同じですが、注目すべきことにこのアートは市によって保存され、今や地域の遺産のひとつになっているようです。
アートに特化した名所ではないけれど、ぜひ行ってみたい場所として例のバケツリストに加えたのがシドニーのコカトゥー島。無人島となった後、今では現代アートのビエンナーレが開催され、アート通の都会人やあらゆる分野のカルチャーファンが足を運んでいます。この島の遺跡はオーストラリア国内の他の10件の遺跡と共に、囚人遺跡群として、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産(文化遺産)に最近登録されています。この島が興味深いのは、かつてイギリスの囚人の流刑地となり、世界の向こう側から渡ってきた人々の歴史の舞台であったこと。不平等と不運にまみれた受難の土地から、この国がどのようにして生まれ、形づくられてきたかを私たちに教えてくれるのです。実際に今いる多くのオーストラリア人は18~19世紀の流刑地の囚人たちの子孫やひ孫にあたるわけで、囚人の起源まで遡るオーストラリアの詳しい歴史を知るうえでも、こうした遺跡群はまたとない好例だと思います。
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