今年5月に開催された「From Bytes to Benefits(データから利益へ)」というテック・カンファレンスに参加するために、エストニアの首都タリン(Tallinn)を訪れたのですが、この出張は予想外の素敵な小旅行となりました。タリンでは、世界レベルのデジタル技術に関する議論に参加できただけでなく、石畳の道や心地よい海風、そして今まで味わったことのないほど柔らかいサーモンに出会うことができました。
タリンに到着すると、爽やかな風と海の香り、そして中世から残る塔と最先端技術がほどよく融合した街並みが私を迎えてくれました。到着してすぐに、なぜエストニアがヨーロッパ随一のデジタル先進国と呼ばれているのか、そして、なぜこの国が旅行先として過小評価されているのかが理解できました。
旧市街のすぐ外れにある居心地の良いホテルにチェックインした後、タリンの中心部をゆっくりと散策しました。パステルカラーの家並みやゴシック様式の教会の尖塔、赤い瓦屋根を眺めていると、まるでおとぎ話の世界に足を踏み入れたような気分になります。その一方で、公共交通機関の切符やレストランでの支払いなどは全てデジタル化されていて、過去と未来が共存する街であることをひしひしと感じました。
ここで、食べ物について紹介させてください。というのも、食に関する素晴らしい体験をしたのです。ある夜、とある港近くにあるレストランでバルト海産サーモンのグリルを注文しました。ディルとレモン風味のジャガイモを添えた木製の皿に盛られたサーモンをひと口食べた瞬間、私は心を奪われました。バターの風味が漂い、柔らかく、かすかに燻製の香りが感じられるサーモンは、単に口の中でとろけるだけではなく、まるで海の味わいを凝縮した雲が口の中で溶けて消えていくような、格別な食感でした。
エストニア料理は、控えめながらも実に美味しいのです。加塩バターを添えた黒いライ麦パンやジュニパー風味のラム肉、天然のきのこのスープなど、どの料理にも北欧の森とバルト海岸とのつながりが感じられます。
ある日の午後、自由時間を利用して、タリンが誇る海洋博物館、水上飛行場(Lennusadam Seaplane Harbour)を訪れました。正直なところ、いくつかの模型船と古いコンパスが飾ってある程度だろう、と大して期待していなかったのですが、行ってみると本物の潜水船の中に入るという、予想外の体験をすることができました。
ここでは、エストニア海軍が使用していた1930年代の潜水艦レンビット(Lembit)の内部に足を踏み入れることができるのです。狭い通路を通り抜けたり、魚雷発車室や船員の寝台を覗いたりすると、まるで時を超えて旅する密航者のような気分になりました。博物館全体が水上飛行機格納庫の中にあり、大聖堂ほどの高さのある天井の下には船や飛行機、難破船が吊り下げられています。技術者も旅行者も、単に好奇心旺盛な人も必見のスポットです。
当然ながら、タリンを訪れた目的は食事や観光を楽しむことではなく、テック・カンファレンス「From Bytes to Benefits」に参加することでした。カンファレンスは、エストニアのアラル・カリス(Alar Karis)大統領によるデジタルトラストと包括的ガバナンスについての力強い講演で開幕し、AIやデジタルアイデンティティ、サイバーセキュリティなどに関するパネルディスカッションが開催されました。しかし、私にとっては、カンファレンスの内容だけでなく、参加していた人たちも印象に残りました。
タリンでは、時間がゆっくりと優雅に流れていきます。ここでは忙しさに押し流されることはありません。何世紀も前に作られた建物の扉を立ち止まって眺めたり、静かなカフェで地元産のハーブティーをゆっくり味わったりする余裕が生まれます。スピーディーで疲労を招きがちなデジタル改革のリズムに慣れた人にとっては、ここはデトックスできる場所となるでしょう。タリンでは、技術革新がその存在を押し付けてくるのではなく、穏やかに暮らしに溶け込んでいるように感じました。
タリンの街とカンファレンスの様子(動画)
https://www.youtube.com/shorts/LgITUBdwuEY
https://www.youtube.com/shorts/dBliq-uZcvY
- 2025.07.11
- テクノロジーと静寂の街、タリン―先端技術を感じる北欧の旅