でも、ロンドンに住んでいる私たちにとってはウェストミンスター橋こそが街の真のシンボルです。ここは友達と待ち合わせるための大切な場所であり、旅行からこの街に帰ってきたときに必ず立ち寄りたくなる場所でもあるからです。
近年はいくつかの悲劇的な出来事の舞台となってしまいましたが、この橋がアイコンやランドマークであることに変わりはありません。
ウェストミンスター橋
ところで、英語では「大事なことをまず先に」という言い回しがありますので、今回は橋の歴史から触れてみたいと思います。
1700年代の初めは、テムズ川を渡ろうとする場合の選択肢は本当に限られていて、ロンドン橋かキングストン橋のどちらかから渡るしかありませんでした。
1665年にウェストミンスター橋の建設計画が持ち上がりましたが、ロンドン市行政機関やその他の利害関係者がそろって反対しました。
反対理由のひとつは、橋の建設によって船頭が職を失ったら、イギリスが戦争に突入した場合に海軍がすぐに利用できる船頭が減ってしまうことでした。ですから、当時の国王チャールズ2世は喜んで賄賂を受け取って橋の建設許可を出さなかったのです。
ウェストミンスターのそばにこの橋を建設する国王の許可が最終的に下りたのは、ジョージ2世が在位していた1736年のことでした。
ウェストミンスターにできた新しい橋は、従来の手法のように建築費用を民間企業と通行料によって工面するばかりでなく、当時流行の先端だった「宝くじ」によっても賄われました。
当時の宝くじは悪用や詐欺の標的となることも多く、不道徳で社会にとっての脅威とみなしている人さえいました。
そのため、資金調達に宝くじを利用したこの橋は「愚か者の橋」と呼ばれるようになり、橋の建設が予定よりも大幅に長引いたせいで、このあだ名はすっかり定着してしまいました。
最初のウェストミンスター橋はスイスの若い技師によって設計された、とても美しいものでした。
橋に沿って半八角形の小塔が間隔をおいて設置され、歩行者が風雨をしのげるようになっていましたが、この狭い空間はじきに浮浪者や強盗、売春婦のたまり場となったため、この問題を防ぐ目的で後に設計が変更されました。
新しく建て替えられたウェストミンスター橋が再開通したのは1862年で、ロンドンのど真ん中を流れるテムズ川を横断する、現存最古の橋となっています。
自分の誕生日に開通式を行ったヴィクトリア女王は、橋の構造を一目で気に入ったそうです。
ウェストミンスター橋が緑色に塗られたのは1970年代に入ってからのことですが、これはウェストミンスター宮殿内のこの橋に近い場所に位置する下院議会の座席の色と同じです。一方、さらに上流には赤色に塗られたランベス橋があって、こちらは上院議会の座席の色にちなんだ配色となっています。
上院議会
あまり知られていませんが、1年の特定の時期に条件がそろえば、ウェストミンスター橋の最大の秘密を目の当たりにすることができます。
午後1時頃に日が差している日には、美しい三つ葉模様が反転してシンプルな影絵が見られるのです。2枚の下の「葉」の形は変わらず上の葉だけ少し伸びるので、恥ずかしい形に見えるというのがこの街で知られている最高の建築学的ジョークのひとつとなっています。
なお、橋の上にある凝った装飾の八角形のランタンもとても見事です。
1本の軸に3つのランタンが付いたゴシック建築の街灯で、同じ頃に建てられた橋のたもとの宮殿の一部とマッチした建築スタイルが採用されています。
愛着のあるウェストミンスター橋は、数本のボンド映画やドラマ『ドクター・フー』の複数のエピソードにも登場しました。
ロマンチックなスポットなので最初のデートの待ち合わせ場所としてよく選ばれるほか、街の中心部に位置していて市内のどこからでも簡単にたどり着けるので、カジュアルな待ち合わせ場所としても利用されています。