洞窟をめぐる探検|パトリツィア・ マルゲリータ|ナレッジワールドネットワーク|アクティビティ|ナレッジキャピタル

  • 2019.07.01
  • 洞窟をめぐる探検
私がトイラーノ洞窟を初めて訪れたのは、リグーリア山間部の小さな町をたまたま通りかかった時でした。この町は、リグーリア地方の西海岸のビーチリゾートとして名高い観光地、ロアーノに隣接しています。
それまで洞窟を見たことがなかった私にとって、地中の奥深くまでわざわざ潜っていくなんて、正直に言うとそれほど魅力のあることとは思えませんでした。ところがグロッテ・ディ・トイラーノ(トイラーノ洞窟)を訪れて見事としか言いようのない岩石層を見た私は、ひと目で恋に落ちてしまったのです。


トイラーノ洞窟の中

トイラーノ洞窟の見学コースは、それぞれ異なる特徴を持った3つの洞窟の間を、長さ1km以上の観光用ルートがつなぐ形で出来ています。第一の洞窟は、先史時代からその存在が知られており、恐らくは誰かが好奇心に駆られてこの峡谷に足を踏み入れたのでしょう。岩に囲まれた狭い通路をくぐりながら地中に初めて分け入った人間たちの足跡や手跡があり、洞窟の壁に残る先史時代の落書きをガイドスタッフが説明してくれます。
現在は通路も階段も木製となり、りっぱな電気照明も完備されて、このコースはうんと歩きやすくなっていますが、たいまつを手に掲げながら洞穴に足を踏み入れた最初の探検者たちの気持ちを追体験することができます。
天井から無数に連なる白い鍾乳石が目の前に現れた瞬間の驚き、奇怪で繊細なドレープを描く石筍を見た衝撃は、いにしえの人々と寸分変わることなく、この素晴らしい場所を訪れた現代の旅行者の胸にも去来するはずですから。
しかし、ここを訪れたのは人間だけではありませんでした。ガイドの説明によれば、2万年以上も前、トイラーノ洞窟の第一洞窟を、寒さをしのぐための冬ごもりの場所にしていた熊たちがいたとのこと。洞窟では現在も、自然死して泥の中に埋まっていた100種以上の野生動物の骨を見学できます。


トイラーノ洞窟内の鍾乳石

1960年代、3つある洞窟の1番目に当たるこのBasure洞窟(Basureとは「魔女」を意味するリグーリア地方の方言)で、洞窟内底部の小さな石灰石の壁を洞窟学者たちが取り壊した結果、新しい洞窟が発見されました。長い間水を通すことのなかったその洞窟の中には鍾乳石や石筍が出来ていたのです。
このリグーリアの2番目の洞窟内では、mammellonariaと呼ばれる特殊な作用による異常生成で、膨張した身体のような、丸みを帯びた岩が見られます。
グロッテ・ディ・トイラーノの3番目の洞窟が、いよいよ最後のサンタ・ルチア洞窟。かつてこの洞窟をつないでいた長い人工トンネルは、後に閉鎖されました。サンゴ岩や酸化物の影響を受け濃い赤色になった花を思わせる美しいコンクリーションは、洞窟に含まれる石灰岩の産物です。
トンネルが再び開通された時、新たな白い鍾乳石が形成された2つの洞窟が再び陽の目を見ました。鍾乳石の成長率はきわめてゆっくりですから、約300万年もの年月を経て作られた、6m以上にもなる驚異的な鍾乳石の柱が見える通路までたどり着いた人は誰でも、まさに恍惚とした気分を味わうことになるのです。
サンタ・ルチア洞窟の最終地点に当たる場所は何世紀も前から知られていて、2度の世界大戦時には防空壕として使われていました。現在ではワイン熟成用の天然セラーとなっていますが、そのすぐれた音響効果を利用して、時にはコンサート会場として使われるなど、トイラーノ洞窟訪問をさらに魅力あふれるものにしています。
トイラーノ洞窟を単独で見学することはできず、30分置きに行われているガイド付きツアーに参加することが必要です。洞窟内は約12度とかなり冷えるので服装対策をして、ところどころ滑りやすくなっているため、しっかりしたトレッキングシューズを履いて行くことをお勧めします。

特派員

  • パトリツィア・ マルゲリータ
  • 年齢申( さる )
  • 性別女性
  • 職業翻訳、通訳、教師

生まれはイタリアですが自らの意思で「多文化人」となり、5ヶ国語が話せます。米国、ブラジル、オーストラリア、フランス、イギリスで暮らし、仕事をした経験があります。イタリアと米国の国籍を持っていますが、私自身は世界人だと思っています。教師や翻訳の仕事をしていない時は、イタリア料理を作ったり、ハイキングをしたり、世界各地を旅行したり…これまで58カ国を旅しましたが、その数は今も増え続けています!

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