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  • 2020.09.23
  • 伝説のロッカ・デル・アデラシア
イタリア人は通常、8月後半の2週間を海辺で過ごすので、ここリグーリア州の沿岸地域は、ピエモンテ州やロンバルディア州など海のない近隣地方から押し寄せる人々でごった返します。
カイロ・モンテノッテにあるアデラシア地域自然保護区は、非常に古い老木や、人間ひとりが抱えても両手が届かないほど太い幹の木を誇るブナの森が50ヘクタール以上も広がる公園です。
混雑する海辺を避けて森林のピクニックやハイキングを楽しみたいという人々が訪れる夏の週末でも、静けさと緑に恵まれたこのあたりの歩道は距離も道幅も十分で、混雑とは無縁です。

公園の中や周辺にはたくさんの農家の家屋があります。屋根こそ朽ちているものの田舎風の建築様式のまたとない見本として、これらの家屋はその芸術的価値が認められ、今もなお保存されています。
アデラシア公園の入り口には、今はレストランになっているカッシーナ(Cascina=イタリア語で「農家」)が建っています。
これは、改修された何軒かの古い建築物のひとつで、石造りの美しい建物の中では朝食やランチが食べられるほか、折に触れてビールフェスなどが開催されます。
このカッシーナはハイキングの休憩所にもなっていて、さらに環境学習の研究所でもあります。アルタ・ヴィア・デイ・モンティ・リグーリやボルミダ・ナチューラといった自然保護区を貫いて走る人気の長距離コースを訪れたハイカーたちに高い満足感を提供しているルートの一部となっています。
公園のすべての登山コースの出発点でもあるこのカッシーナ。歩き終わってから喉をうるおすも良し、森林探検の前に景気づけのコーヒーを飲むも良し。是非とも立ち寄ってみてください。
広々とした丘の上というロケーションに恵まれた、丘陵全体が見渡せるカッシーナから眺めるパノラマは、まさに絶景そのもの!
客用のテーブルとベンチをしつらえた木造の小さな休憩スペースもあるので、屋外で景色を楽しみながら食べたり飲んだりすることもできます。
遊歩道を進んでいくと、先ほどのカッシーナよりも小さい建物があり、野生動物の観測所として使われています。立ち寄ってバードウォッチングをすることもできますし、そのまま、南西方向の坂道を進んでいってもOKです。
このコースを2時間ほど歩いて急な坂を下りていくと、ロッカ・デル・アデラシア(アデラシア断崖)の岸壁のふもとの開けた場所にたどり着きます。そこからしばし上っていけば、渓谷の見事なパノラマを上から堪能できるというわけです。
現在はカソッティ渓谷と呼ばれるこの場所は、そのほとんどすべての部分が地域自然保護区で占められています。


ロッカ・デル・アデラシア(アデラシア断崖)

森林にたくさん生えているブナの木の中に、「ヴェネランド(※女神ヴィーナスの別名)」と呼ばれる木があります。これはたまたま付いた名前ではなく、その名のとおり「12神」の中で君臨するかのごとく佇んでいるのです。
この保護区にはいくつかの動物相も存在します。その中で私たちが見つけられる動物はアナグマ、スカンク、キツネ、イノシシ、シカと大量のノロジカたちです。鳥類で特筆すべきなのはカワセミ(運河の近くで観測可能)、タカ、キツツキ。水生環境では、珍しいザリガニに加え、両生類と爬虫類の多くの種が保護されています。

通説によればここは、ザクセン朝オットー1世の意に背いて従者のアレラモと駆け落ちした娘のアデラシア王女が、道行きの途中で一時的に身を潜めた場所なのだとか。
イスラーム帝国軍との戦争を始めた父親のオットー1世が海の近くで見つけ出した彼らに許しを与えたことで、2人の逃避行は終わりを告げました。
これらの場所は、1796年4月のフランス軍対ピエモンテおよびオーストリア軍によるモンテノッテの戦いの舞台にもなったところです。今でも林の中にくっきりと当時の姿を残すブリック・デル・テソロの塹壕は、私たちの地元で発見されたナポレオンが辿った道でもあるのです。
ナポレオンゆかりの地は、これらの場所の歴史的遺産を保存する目的により、名所としてはっきり分かるように残されています。


自然保護区でハイキングを楽しむ


ピクニックエリア


カッシーナ-石造りの農家を使ったカフェ

特派員

  • パトリツィア・ マルゲリータ
  • 年齢申( さる )
  • 性別女性
  • 職業翻訳、通訳、教師

生まれはイタリアですが自らの意思で「多文化人」となり、5ヶ国語が話せます。米国、ブラジル、オーストラリア、フランス、イギリスで暮らし、仕事をした経験があります。イタリアと米国の国籍を持っていますが、私自身は世界人だと思っています。教師や翻訳の仕事をしていない時は、イタリア料理を作ったり、ハイキングをしたり、世界各地を旅行したり…これまで58カ国を旅しましたが、その数は今も増え続けています!

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