ゴヤ素描画展|山田 進|ナレッジワールドネットワーク|アクティビティ|ナレッジキャピタル

  • 2020.01.24
  • ゴヤ素描画展
プラド美術館開館200周年を祝う記念行事も大詰めを迎え、とうとう最後の特別展となりました。その主人公に選ばれたのがゴヤです。マドリード半日観光でプラド美術館鑑賞に1時間半しか割けない日本からの弾丸ツアーのグループが入館するとまずガイドさんから“これからスペインの三大巨匠と称されるベラスケス、エル・グレコ、ゴヤの代表作をご案内いたします”との、あながち的外れでもないご宣託が下されます。

 事程左様に日本の皆様にもお馴染みなゴヤですが、この美術館で鑑賞できるのはキャンバスに描かれた(*1)油彩作品のみ。紙が支持体の(*2)版画や素描と呼ばれるスケッチやデッサンなどは現在一般公開されていません。紙やインクの大きな劣化要因である光から保護してなるべく長持ちさせるための措置です。

また素描はそれ自体が“作品”として描かれたものではなく、練習、模写、覚書、作品の為の下絵、いたずら書きの類なので至極プライベートな性格を持っていて、通常は一般の目に触れることすらなかったはずです。版画と違ってそれしかない一点物ですからまさに秘蔵と言う言葉がふさわしいですね。

この秘蔵物である素描だけを一気に300点ほど公開する今回のような企画は多分これが最初で最後でしょう。ゴヤの素描は確認されただけでも1000点余りあると言われていますが、半分の約500点はプラド美術館所蔵で、あとの半分は他の美術館や個人の所有です。今回もロンドンのナショナル・ギャラリーや
ニューヨークのメトロポリタン美術館、等々からの協力を得ての展示です。


ゴヤ素描画展パンフレット。
 

サラゴサ聖堂のフレスコ画用下絵の一部”Cabeza de ángel 天使の頭部 “。 プラド美術館所蔵。
 

 スペイン北東部アラゴン地方の寒村から都へぽっと出の若者は、苦労の末に国王陛下お抱えの御用絵師にまで上り詰め、最後は亡命生活で終焉を迎えるという波乱万丈の生涯を送り、その間タペストリーの下絵、静物画、宗教画、歴史画、銅版画、王侯貴族の肖像画、など数多くの作品を残しました。

それらの作品群の前段階でもある素描を知ることによって、完成した作品を鑑賞する際の興味が一層深まりますし、彼のスケッチから内面世界の変遷を伺う手掛かりにもなります。若くして渡ったイタリア留学時代のスケッチ・ブックから晩年のボルドー亡命期の画帳まで彼の生涯の軌跡が要約されている次第です。


50歳の頃の自画像 。ニューヨーク メトロポリタン美術館所蔵
 

当展覧会のスペイン語のサブタイトルは(*3)“Solo la voluntad me sobra我に残るは熱意のみ” この言葉、80歳にならんとする彼が亡命地のボルドーからパリの知人に送った手紙の結びの一節の中の言葉です。『どうかこの悪筆をも大いに感謝して頂きたい、なぜなら今の私には視力や脈拍、筆やインクなどすべてが足りなく、ただ一つ有り余るのは熱意だけなのです』。

 展示の最後を飾る素描はボルドーで描かれた “Aun aprendo 私はまだ学ぶ”です。白髪三千丈の末期高齢者が満身創痍の体を杖で支え、自力で前へ進もうとする姿にゴヤの執念のようなものを感じさせてくれます。そういえば、イタリアの巨匠ミケランジェロ87歳の時の言葉も“Ancora imparto 、俺はまだ勉強中だ!” なんともしぶとく、また逞しいシルバー人材センターのメンバー達でしょうか。


“Aun aprendo 我まだ学ぶ”前出のフレスコ画の下絵から56年後に描かれました。プラド美術館所蔵
 

 最後に、下世話な話題で恐縮ですがこの展覧会で拝見できる素描“蝶の牡牛”は2006年プラド美術館(スペイン文化省)がロンドンの競売で落札したもので、その価格190万ユーロ、現在の換算率ですと約2億3千万円です。ボルドーでの最晩年期にもかかわらず当時の先端技法である石版画に挑戦していた時に描いたもので、本当に最後まで学び続けた生涯だったんですね。


El Toro Mariposa, Fiesta en el ayre. Buelan buelan.
蝶の牡牛、空中のお祭り、飛ぶ 飛ぶ。 プラド美術館所蔵
 

(*1)ゴヤをして近代絵画の祖足らしめたと評価される”黒い絵“のシリーズは元来自宅の壁に直接描かれた壁画でしたが、後年キャンバスに移され、プラド美術館に常時展示されています。
(*2)銅版画については日本にも代表的な4部作全作品を所蔵している美術館もいくつかあり、テレビのお宝鑑定番組にも出品されるほどで鑑賞できる機会は多くあります。
(*3)このvoluntad という言葉、意志や熱意のほかに遺言という意味もあるのでこの句は“足りないものは多々あるが、遺言だけはまだ必要ない”と彼の生き続ける決意の表れとも解釈できるかもしれません。

『ゴヤ素描・我に残るは熱意のみ』 
『GOYA DIBUJOS Solo la voluntad me sobre』
『GOYA DRAWINGS Only my strength of will remains 』
会場 国立プラド美術館・マドリード
会期 2019年11月20日~2020年2月16日
英文公式ホーム・ページ
https://www.museodelprado.es/en/whats-on/exhibition/goya-drawings-only-my-strength-of-will-remains/802339bb-1b74-8f92-d9ac-091244d4e474

特派員

  • 山田 進
  • 年齢寅( とら )
  • 性別男性
  • 職業スペイン語・日本語通訳

スペイン政府より滞在許可と労働許可を頂き、納税・社会保険料納付をはじめて早37年。そろそろシルバー人材センターへの登録も視野に入った今日この頃、長い間お世話になったこの国のことを皆様にご紹介できることを楽しみにしています。

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