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  • 2021.08.03
  • 水道橋(すいどうきょう)と子豚とワイン
西欧文化の礎となったローマ帝国はヨーロッパのみならず地中海沿岸地域の中近東から北アフリカにまたがり、全盛期には全域を合わせると約650万平方キロメートルで現在のEU全加盟国合計面積の約1.5倍の広大な地域を治めていました。総人口はおよそ6千万人、そしてその域内津々浦々に張り巡らされた石畳の街道の総延長距離は30万キロ(鹿児島から稚内まで50往復分)ともいわれています。 その時期に帝国の頂点に君臨したのが五賢帝の一人トラヤヌス帝、現在のスペイン、セビリア近郊のイタリカ出身でイタリア半島以外で生まれた最初の皇帝です。

6月21日公開『アンダルシアの揚げ物』の記事に書いたカルメンとドン・ホセがデートした揚げ物屋があるセビリアの下町トゥリアナ(Triana)地区の名前はご当地出身ローマ皇帝トラヤヌス(Trajano・Trajan)がその起源とも言われています。

そんな地元の名士が活躍した時代ですから舗装された街道やら、円形劇場、橋、水道橋、凱旋門、城壁と世界遺産級のモニュメントてんこ盛りのイベリア半島、その中でも超定番の世界遺産となるとなんといってもマドリードから北西80kmにあるセゴビアの水道橋でしょう。二世紀初頭、前述のトラヤヌス皇帝治世の末期に建設が開始され次の皇帝ハドリアヌスの時代に引き継がれました。このハドリアヌス帝もスペイン生まれという説があり、また彼も五賢帝の一人に数えられます。

セゴビアの町から南へ16㎞程上ったグアダラマ山脈(Sierra de Guadarrama)のふもとから800mほどの高低差を利用して町まで水を導入する目的で水道が建設されたのです。町に到着するまでの14㎞は地中に埋設された水道管を通り、数か所に設置された沈殿分離小屋でゴミや砂を排除、最終目的地であるセゴビアの町の2㎞手前で地上に現れてから谷間を通過する為に水道橋が作られました。使用された花崗岩ブロックの総数は2万400個、給水量は一秒間に20~30リットル程度だったそうです。


写真1


写真2


写真3

写真1は地下水道から最初に地上に見せた姿でここから橋が始まります。そして写真2と3のように土地の傾斜が大きくなるにつれて徐々に橋が高くなり、というか地面が低くなり町へ到着する直前には28メートルの高さになります。


写真4


写真5

その写真4と5がこちら、滞在したホテルの部屋から望む水道橋の昼と夜の姿です。エジプト遠征時のナポレオン風に言わせてもらえば『二千年の歴史が見下ろす部屋』ですかね。


写真6

これはほんの一例で前述のごとくローマ帝国が支配していた地域にはいたるところに足跡がうかがえます。中世のない首都とも言われるマドリードでさえ、石畳のローマ街道(calzada romana)やVillaverde Bajoのローマ人住居跡(Villa Romana)、などが残っています。写真6は人口400人にも満たない北ポルトガルの寒村Gimondeにあるローマ橋を背景に地元のロバと交流中のナレッジキャピタル・スペイン特派員(私)です。

前々回のサラマンカに続いてマドリードから一駅で気軽に行ける世界遺産の町セゴビア、距離としては新大阪・西明石間と同じくらいで、スペイン新幹線で20~25分、片道10ユーロからとお手頃料金ですのでコロナ禍が明けてマドリードへお運びの節にはぜひとも訪れていただきたいデスティネーションの一つです。



もう一つここで外せないのがご当地の名物料理“子豚の丸焼きセゴビア仕立て”、スペイン語では“Cochinillo asado al estilo segoviano”です。英語でsuckling pigと呼ばれている生後3か月までの約4㎏~5㎏の乳吞み子豚を腹開きにして塩を振り、板を敷き水を入れた楕円形の土鍋に乗せ、200度程度に熱した薪窯で開き部分を上にして二時間じっくりと焼いた後、ひっくり返して上にした皮部分にエクストラ・バージン・オリーブオイルかラードを刷毛で塗りもう一度少々の水を鍋に加えて、さらにもう一時間焼き上げるというワイルドかつ繊細な名物料理です。スペイン人がセゴビアと聞いてすぐに頭に浮かぶのが水道橋と子豚でしょう。 大阪と聞いたらお城とタコ焼きかな?

我々日本人にとってみれば魚の尾頭付きはごく自然に受け入れられますが、 子豚の頭付き丸焼きの姿は若干刺激が強いので興味のある方だけこちらの動画をご覧ください。セゴビアの老舗料亭のレシピです。Receta cochinillo asado Restaurante José María Segovia - YouTube
出来上がった子豚を陶器の皿の縁を使って切り分け、いかに柔らかく焼き上がっているかをご覧いただく趣向です。そしてその皿を床に投げて割り、金属製ではないことをアピールするというお決まりのパーフォーマンスで終わります。

スペイン大好き人間だったアメリカのノーベル賞作家アーネスト・ヘミングウェイは出世作でもある長編小説『日はまた昇る』の最後のシーンで主人公の男女が、今でもマドリードで営業中の世界最古で最高のレストラン“Casa Botín”(*)でリオハ・アルタの赤ワイン3本と共にこの子豚の丸焼きを召し上がっている様子を描いています。美食家で健啖家、恰好をつけて言えばグルメかつグルマンでもあったご自身の体験が元になっているのでしょう。
“We lunched upstairs at Botin’s, it is one of the best restaurants in the world. We had roast young suckling pig and drank rioja alta. Brett did not eat much. She never ate much. I ate a very big meal and drank three bottles of rioja alta.”
 “僕たちはボティン軒の二階で食事をした。この店は世界一素晴らしいレストランの一つだ。乳呑子豚の丸焼きを食べ、リオッハ・アルタを飲んだ。ブレットはあまり食べなかった。彼女はいつも少食なんだ。僕はたらふく食べてリオッハ・アルタを三本空けた”
“The Sun Also Rises / Fiesta ”  Ernest Miller Hemingway 1926

(*)1725年開業以来300年余りの間、同じ店名で、場所も変えずに、一度も休まず営業し続けている料亭としては世界最古であるとギネス認定されました。

ここで日本から入ってきたニュースによると東京都に4度目の緊急事態宣言が発出されて特に酒類が槍玉に挙げられているようですね。スペインでも飲食店の時短営業や休業は要請ではなく命令という強い措置でしたが酒の禁止は全く考慮されませんでした。
一方東京では酒類提供飲食店への支援金打ち切りやら酒類販売事業者への取引金融機関からの密告要請等、ずいぶんと大胆な手段で規制をかけるんだなとの印象です。


お酒については根っからの呑兵衛のヘミングウェイさん、上記の作品の中で、
“This is a good place,”  he said. 
“There’s a lot of liquor,”  I agreed.
“ここはいい場所だね”と彼は言った。
僕は“酒が沢山あるからね”と同感した。
“The Sun Also Rises / Fiesta ”  Ernest Miller Hemingway 1926
あるバーでの会話です。
多分今の東京なら時短要請にも酒類提供停止勧告にも従わない夜12時以降も営業しているお酒を飲むことがメインの“深夜酒類提供飲食店営業届提出済”店?

さらにスペインの闘牛について記述した作品『午後の死』では
“Wine is one of the most civilized things in the world・・・”
“ワインは世界で最も文化的な産物の一つ・・・”
“Death in the Afternoon ”  Ernest Miller Hemingway 1932
とお酒はほとんど世界遺産扱いです。

特派員

  • 山田 進
  • 年齢寅( とら )
  • 性別男性
  • 職業スペイン語・日本語通訳

スペイン政府より滞在許可と労働許可を頂き、納税・社会保険料納付をはじめて早37年。そろそろシルバー人材センターへの登録も視野に入った今日この頃、長い間お世話になったこの国のことを皆様にご紹介できることを楽しみにしています。

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