• 2022.06.09
  • Real Cocina とイサベル2世
マドリードにある王宮内の厨房で、Real Cocinaレアル・コシーナと読みます。ロンドンのバッキンガム宮殿ではThe Royal Kitchen、東京の皇居では御厨子所(みずしどころ)とでも呼ばれているのでしょうかね? スペインの首都が1561年にトレドからマドリードに遷都された際にそこにあったアルカサールAlcázarと呼ばれる要塞化された宮殿が整備され新しい王家の住居となった後1734年のクリスマスイブの夜に火災が起きて消失してしまいました。そこでフランスのブルボン王家からやってきたフィリップ5世の命により火事の心配が少ない石造りの現在の王宮が建設されました。 

王宮は中世のない街と言われ歴史的なモニュメントが少ないマドリードではプラド美術館と並んで観光の目玉の一つになっていて、王権の象徴ともいえる玉座の間、大宴会場、礼拝堂、国王陛下の執務室、寝室など3400以上の部屋数を誇るスペイン王国の栄華の一部が公式行事が無い時にだけ一般公開されています。そして近年になって1931年以来長年使用されていなかった厨房が整備されて、こちらも公開となり先日見学してまいりました。写真1.は現在公開されている調理室の一部です。写真2.は実際に使用されていた1911年当時の様子です。写真3 .は主調理室の入り口で”COZINA D ESTADO 国家の台所”と書いてあります。


写真1


写真2


写真3

この新宮殿に住み始めたカルロス3世から続く代々の王様とその家族の皆様、賓客、臣民をはじめ王宮関係者の方々が召し上がったお食事を調理してきた場所で、宮殿自体フランスのブルボン王家からやってきた王様の命で建設されたくらいですし、西欧ではフランス料理が最も洗練されていると評価されていたのでこの厨房を預かる代々の司厨長はフランス人と決められており勢い献立もフランス料理が基本とされていたそうです。

時が経ち調理技術や道具も進化していく中1861年から1880年にかけて女性の国王イサベル2世とその息子であるアルフォンソ12世の時代には大きな改装が行われ現在の姿になりました。女王イサベル2世は庶民派として知られマドリード市民の食卓に普通に供されるような料理を好んだそうで例えばCallos a la Madrileña(子牛の胃袋やらチョリッソ・ソーセージ、血詰ソーセージのなどの煮込み)、Cocido Madrileño(スペイン版ポトフともいえる肉、野菜、豆のごった煮)(*)などがお気に入りだったそうです。特にCocidoに入っている豚の脂身が大好物だったとか。写真4.は女王陛下30歳の頃のお姿でその恰幅の良さからも健啖家ぶりが拝察できます。国立プラド美術館蔵イサベル2世女王HERNÁNDEZ AMORES, GERMÁN作(1860年頃)


写真4

そして女王陛下は1868年の革命によって国を離れパリに亡命することとなります。お住まいは閑静な住宅街として知られているパリ16区、クレベール通りの19番にあったロシアの外交官バシレフスキー氏の館を買い取って“Palais de Catille・カスティージャ宮殿”と名付けたお屋敷です。パリでは外出も控えがちで宗教的な行事に参列することとチョコレートドリンクをご近所のカフェでお召し上がりになる程度だったとか。また毎週日曜日にはお気に入りの故郷の味“Cocido Madrileño”(*)を堪能なされたそうです。さぞかし遠く離れたマドリードを懐かしく偲ばれたことでしょう。息子のアルフォンソが王位についてから一度だけ里帰りをなされましたが再びパリにもどり1904年にこのカスティージャ宮殿でご逝去されました。(*)この料理の詳細につきましては2018年2月8日にこのコーナーで公開された『豆が主役』https://kc-i.jp/activity/kwn/yamada_s/20180208/ で報告しています。

この宮殿は後に“ Hôtel Majestic”としてピカソ、プルースト、ジョイスなど文化人が集い、怪盗ルパンまでもが登場するパリを代表するホテルの一軒となりました。第一次世界大戦の際には俄か作りの軍事病院となり、第二次大戦ドイツ占領下ではドイツ軍司令部、戦後は初代ユネスコ本部からフランス外務省国際会議場として泥沼化したベトナム戦争終結の現場となるなど世界の注目を集めていました。
そして2007年香港に本拠地をもつホテルチェーンに売却され現在はパリでも有数のウルトラ・スーパー・デラックス・ラグジュアリーホテルで通常の五つ星よりもさらに上のクラスであるパラス級の“オテル・ザ・ペニンシュラ・パリ”と華麗な転身を繰り返しております。この場所で118年前に息を引き取った元スペイン国王を偲んで命日の4月10日には女王が愛したCocido Madrileñoを提供するなどという粋な計らいがあったら素敵ですが、ホテル内にあるのは2つ星に輝くおしゃれなレストランですからひよこ豆、豚・牛・鶏・肉、各種ソーセージ・と野菜のごった煮は場違いでしょうかね?写真5.ご近所のレストランで提供されるCocido Madrileño コシード マドリレーニョです。このメインの前にパスタ入りのスープが供されます。


写真5

特派員

  • 山田 進
  • 職業スペイン語・日本語通訳

スペイン政府より滞在許可と労働許可を頂き、納税・社会保険料納付をはじめて早37年。そろそろシルバー人材センターへの登録も視野に入った今日この頃、長い間お世話になったこの国のことを皆様にご紹介できることを楽しみにしています。

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