• 2018.02.21
  • 運河にまつわって
21世紀だというのに、市内には車どころか地下鉄もバスさえも走らない町。にもかかわらず、時代遅れとも言えない、時代錯誤とも言えない、不思議な場所。それはどこ?

足を一歩踏み入れた途端に、現実離れしたおとぎ話のような世界に引き込まれるヴェネツィアの島。とりわけ2月には、世界三大カーニバルの一つに数えられているヴェネツィアのカーニバルがあり、町中がコスプレで溢れ、ディズニーシーに負けないファンタジーな空間へと導かれます。

想像がつきにくいのが、実はミラノも遥か昔には水路が網羅した町で水上の町として栄えていました。ミラノ市内を流れていた水路はロンバルディア州を流れる幾つかの川から水を引いた人工的に作られた運河でした。

ヴェネツィアの運河には、仮面仮装のこの町にふさわしくゴンドラというロマンチックな水上の乗り物が生まれました。ゴンドラの歴史も興味深く、例えば、その当時はゴンドラの装飾に権力誇示の全てがかかっていたので、極端な派手さと仰々しさを追求したようです。お金持ちや権力者達はこぞって、有名な画家などに依頼してゴンドラの装飾にお金を注ぎ込んで競争心をむき出しにしていたとか。 ゴンドラの最盛期には、約1万台ものゴンドラが作られたとかで、今ではおおよそ400台のゴンドラが運河を激しく従来している所から考えると、その当時のヴェネツィアはゴンドラの慢性的な交通渋滞に悩まされていたかもしれませんねぇ!しかも、漕ぎ手を配慮した作り方ではなかったので、漕ぐのも難しかったとか。

一方ミラノと言えば、ミラネーゼはヴェネツィアーノよりも現実的な人種に違いありません。100%実用的に運河利用することに集中し、運河には商人やドゥオモの建設材料を運ぶ船が行き交っていたようです。運河を最大限に利用して繁栄した後は、運河を使うより更に効率的に早い方法で商業を営む方法をミラネーゼは考えました。

運河を埋め立てて道路に変え、車を思う存分活用することにしたミラノのその時期は、工業的にも商業的にも大発展を遂げたにちがいありません。

現在、ミラノ市内で見受けられる運河は3つです。どの運河沿いもそれぞれに特色がちがうのですが共通点は散歩に適した雰囲気があるところです。
店や屋台めぐりは勿論ですが、カヌー選手の練習が見られたり、運河沿いに建つ素敵な一軒家の住まいの中が垣間見えたり、アヒルの家族が水浴びを楽しんでいたりと、見えてくるものが毎日違います。
水上ボートサービスの舟に乗って、運河からの眺めを楽しむのもミラノのいつもとは違った景色が見られ、運河を通り抜ける風を顔に受けると、ドゥオモ建設用の大理石を黙々と運び続けたミラノの当時の姿が浮かび上がってきます。

町から消えてしまったミラノの運河と現在の様子を写真で見比べられる機会があると、面白く楽しめる他に、なんとも言えない気持ちになります。運河が醸し出す情緒ある風景を失くしたことを残念に思う反面、現在の整備の行き届いたミラノの実用さにも感謝します。

さて、先日、ミラノの当時のある写真が私を釘付けにしました。ミラノに在住20年の間に、 消えた運河の写真は色々見てきたのですが、「この写真は今まで見た事が無い!」という白黒写真に遭遇しました。しかも、消えた運河の水路の全てを私は把握しているはずなのに、この写真によるとミラノの中心地のあのヴィットーリオ エマヌエレ二世ガレリアの中を当時は運河が通っていた、と知らないでいた事に直面したのです。
こんな大事なトピックを私は20年もミラノに住んでいて知らなかったとは!と恥ずかしく思う反面、この大発見に心が踊りました。

ところが、なんのことはない。わりと最近のエイプリルフールで私のように無知な人がまんまとひっかかった合成写真が出回ったと言うわけです。だまされちゃった!


特派員

  • 三上 由里子
  • 職業音楽家

チェリスト。ミラノを本拠地に、ソロコンサートアンサンブルの編成で演奏活動の傍ら、演劇、画像、舞踊やライブ演奏を組み合わせたマルチスタイルの舞台プロデュース。

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