• 2025.10.20
  • 遅れて始まる授業の国
イタリアと聞いて、多くの日本人が思い浮かべるのは美しい街並みや芸術、グルメかもしれません。しかし実は、大学教育や研究の歴史においてもヨーロッパの中心を担ってきた国です。世界最古の大学とされる「ボローニャ大学」(創立1088年)は今も学生たちで賑わい、キャンパスそのものが街の一部のように開かれています。フィレンツェやパドヴァ、ナポリなどにも伝統ある大学が点在し、「大学都市」と呼ばれる街はイタリア全土に広がっています。


では、イタリアの大学は世界的にどのように評価されているのでしょうか。世界大学ランキングで見ると、イタリアの大学は日本の大学に比べるとトップ100に入る数は少なく、多くは100位から300位前後に位置しています。
一方で日本は、東京大学や京都大学が毎年トップ50に入り、大阪大学や東北大学なども上位に名を連ねます。研究論文数やノーベル賞受賞者など「研究力」では日本の大学が優位に立つといえるでしょう。
ただしイタリアの大学にも強みがあります。まず歴史と文化的背景。ボローニャ大学はヨーロッパ中から学生が集まり、学問を「普遍の財産」として広げてきた伝統を今も残しています。また、工学・建築・デザイン分野ではミラノ工科大学が世界的に高く評価され、医学・生命科学の分野ではミラノのサン・ラッファエーレ大学などが国際的な注目を集めています。芸術・人文学の分野でもイタリアの大学は存在感が強く、考古学や哲学、美術史などでは国際的な研究拠点となっています。
さらに近年、注目すべき存在がミラノのボッコーニ大学(Università Bocconi)です。1902年創立の私立大学で、経済・経営・金融・法律など社会科学系に特化し、MBAやマネジメントプログラムは世界ランキングで常にトップクラス。授業の多くは英語で行われ、学生の3分の1以上が留学生という国際色の強さも特徴です。キャンパスは著名建築家による近未来的なデザインで、歴史ある石造りの大学とは対照的。OBに政財界の大物が並び、イタリアの伝統大学とはまた違う「現代型エリート養成校」としての地位を築いています


そしてもう一つ特筆したいのは、イタリアならではの「アカデミコ・クアルト・ドーラ(学問的15分)」という習慣です。これは「授業は定刻より15分遅れて始まる」という暗黙の了解。中世の頃、教授が高貴な身分で遅れて到着するのを学生が待ったのが由来だと言われます。今では学生も教授も「まあ15分くらいは遅れても大丈夫」という感覚で、半ば冗談のように受け継がれています。日本のようにチャイムと同時に授業が始まる世界から見ると、この余裕は驚きであり、同時に「いかにもイタリアらしい」一面ではありませんか。
興味深いのは、日本とイタリアの「大学都市」の雰囲気の違いです。日本ではキャンパスが独立した空間として郊外に設けられることも多いですが、イタリアでは都市の中心に校舎が点在している場合が多く、街全体が学生と共に息づいています。カフェでレポートを書き、石畳の広場で議論を交わす姿は、まさにヨーロッパならではの風景といえるでしょう。
「授業は15分遅れで始まる」というユーモラスな一面を含めて、イタリアの大学は伝統と革新、厳しさとおおらかさが共存する学びの場なのです。

特派員

  • 三上 由里子
  • 職業音楽家

チェリスト。ミラノを本拠地にソロとアンサンブルの演奏活動中。クラシックからポップスまで幅広いジャンルのレパートリーを持ち、イタリアの人気コメディアンの番組にバンド出演中。

三上 由里子の記事一覧を見る

最新記事

おすすめ記事

リポーター

最新記事

おすすめ記事

PAGE TOP