オーストラリアに住んでいることを誰かに話すと、とりあえず最初に聞かれるのがカンガルーやコアラを見たかってこと。2番目に聞かれる質問で多いのは「そっちのクモってどうなの?」というやつで、これはとくに、女性とかふるさとイタリアにいる友達のお母さん方などに聞かれます。
かくいう私もかつてはいわゆる「クモ恐怖症」でした。ヨーロッパではよく見かける脚の長いクモ、あいつだけは本当に無理。しかしオーストラリアに来てからは…クモに対する苦手意識がずいぶんマシになったのです! クモと共存しないことには、オーストラリアではやっていけません。
別にクモを溺愛したり、好きになったりしなくてもいいのですが、ある時点で奴らの存在を受け入れ、許容することは必要になってきます。
そして、目に付きやすいクモほど怖くないということを、いつしか身をもって知るようになるというわけです。
「目に付きやすい」というのは要するに「大きい」ということ。つまり体が大きいクモほど、実際は危なくないのです。
オーストラリアには、おもちゃの車ほどもある大きな体で木の枝からぶら下がっているクモがいます。毒を持たず危険でもないので、このよくいるクモ(デカいけど!)のことは、人間たちも穏やかな目で見ています。
クモの繁殖期(そう、クモが殖える季節です)の夏、つまり12月から2月までの間は、この国に来たばかりの人たちが大きなクモや木の枝に下がったクモの巣にびっくりして悲鳴を上げる様子が見られる、恐ろしくも愉快な季節です。
その恐怖の場面、告白しておくと、いつぞやのクモの繁殖期に私も実際に経験するはめになりました。
あの日、アパートの部屋でカップボードの内側に手を入れた私の目に映ったのは、パスタの袋の中にいた親指サイズの茶色いクモ…丸々と太い脚で、いかにも恐ろしげな風貌!
私はもちろん悲鳴を上げてキッチンから避難したのですが、ありがたいことにクモは姿をくらまし、二度と遭遇することはありませんでした。
そんな私の最悪のクモ体験と言えば、アシダカグモ事件でしょうか。
冬の間は閉めっぱなしにしていた海辺の友達の家を訪ねた時、キッチンに行くと、そいつがいたのです! 天井の隅の方に、映画に出てくるような毛深いクモが… タランチュラぐらい大きく、もっと長い脚を持つクモの姿を見て、私は息が止まりそうになりました。すぐさま浴室へと逃げ込んだ私に、危険ではないが壁から壁にジャンプするクモだということを知っていた友人が言ったゴキゲンなセリフが「もういい、今夜の料理は中止! みんなでレストランに行こう」でした。そして、留守の間にクモが出て行くこと(出て行きました)、それから空き巣が入らないこと(入りませんでした)を祈りつつ、裏口のドアを開けっぱなしにして出かけたというのがその顛末です。
思えばこれも笑っちゃう出来事で、オーストラリアで暮らし始めた当初の体験としてはとくに楽しい思い出のひとつになっています。
母なる自然は何ゆえに、地球上のありとあらゆる危険な生き物をオーストラリアのこの地に集めたのか、私にはわかりません。
美しい地上のこの場所を人間の脅威から守るための手段がこれだったのか、はたまた自然のための生物学研究の宝庫をつくるのに、この土地がふさわしかったのか。何にせよ、オーストラリアで旅をしたり暮らしたりする人は、日常生活の中で時として起こるこうした危険にも対応していかなくてはなりません。
世界中のクモの危険度ランキングでも上位(もしや1位かも)のシドニージョウゴグモは、シドニーとその周辺以外では発見されていません。体長1~5㎝ほどの黒いボディにエグい攻撃力を持った恐るべきプレデターで、強力な神経毒があり、ひと噛みで成人を殺せる、世界でも稀なクモです。不思議なことに、この毒にやられるのは霊長類だけで、ペット類に対しては威力を発揮しないそうです。
シドニージョウゴグモは地中の穴に住んでいるので、めったにお目にかかる機会もないのが幸いと言えますね。
平行に刻まれた2本の溝と目の詰まったジョウゴ型のクモの巣が、シドニージョウゴグモの巣穴の目印です。
幸いなことに解毒剤もあるので、このクモのせいで亡くなる例は1980年代以降、とんと聞かなくなりました。
{死ぬほどクモが嫌いな読者の方々を考慮し、画像を載せるのは控えます}
- 2020.12.15
- オーストラリアのクモの話