20年代のマンハッタンはとにかくモダンで、リッチな、輝かしい、ド派手な世界を標榜していましたが、これは当時の高まる社会的、政治的、経済的な不安定さを隠そうとしたためで、結局、この秘密の内情は1929年に世界恐慌という衝撃的な形で露見することとなりました。
この誇大な幻想を象徴するモニュメントこそが、当時、次から次へと建設された超高層ビルとアールデコ建築で、今なおニューヨークとこの街のユニークなスカイラインのシンボルであり続けています。
クライスラービルは豊かな細部装飾が施されたアールデコ建築の好例で、建設に用いられた(当時の)最新の建築材料が生み出す近代性と豪華さが融合した建物です。
ところが最近、この超高層ビルが売りに出され、ニュースに取り上げられました。
狂騒の20年代にマンハッタンに誕生したこの建築は世界一の名声と知名度を誇るビルの一つです。傑作映画にも登場し、1928年から1930年にかけて建設されています。数十年で複数のオーナーの手を経た歴史的建物で、最終的にはニューヨークを拠点とする不動産会社のスパイヤー氏が購入し、近年、所有権の大半を取得したアラブ首長国連邦の政府系ファンドとの共同所有になっています。
クライスラービルは全77階建ての320mを越える超高層ビルです。
クライスラー帝国の巨大なモニュメントとして建設された背景には、数世紀にわたる同社の存続を確信した創業者の強い意向が働いていました。ニューヨークの空に挑戦したこのビルはロックフェラーセンター、エンパイアステートビルに次ぐ第3位の座を確保し、今も多くの観光客を惹きつけています。
ニューヨークの他の多くのビルとは異なり屋上はありませんが、ゴージャスな木製のエレベーターのある、市内屈指の広さと美しさを兼ね備えていると評判のロビーは、やはり行ってみる価値はあります。夕暮れ時は夕日のオレンジ色の光が反射して、いっそう見事です。
クライスラービルは生粋のアールデコ様式で、ステンレス製の尖塔、3つのアーチ、三角窓を備え、泥よけの付いた車輪をイメージさせる外装には二色効果が遺憾なく発揮されています。まぎれもない不朽の傑作で、クライスラー車のラジエターキャップを模して芸術的に再現した装飾がビルの角部にまで施されているなど、細部にわたるこだわりが感じられます。
オーストリア企業のシグナ・ホールディングがアブダビの投資ファンドからクライスラービルを約1億5000万ドル(約163億円)で買収したのは、今年の3月とつい最近の話です。アブダビ投資評議会は8億ドル(約868億円)で購入したとされているので、80%も値下がりしたことになります。
でも、これだけはお伝えしておきたいのですが、私の調べではエンパイアステートビルが完成する30年代半ばまで、クライスラービルは世界一高いビルという名声を得ていました。それが現在では市内で8番目に高いビルなのですから、時代の変化には驚ろかされます。50年代半ばまでは自動車メーカー、クライスラーの本社ビルでした。
このビルはたくさんのの階層から成る記録的な建物であり、ステンレス製の尖塔を頭にしていますが、実はこれ、高さを競っていたマンハッタン銀行にもっぱら勝利するために、最後の最後に造られたもので、2時間足らずで設置されたと言われています。
なお、エンパイアステートビル(高さ380m)は、映画『キングコング』の有名なシーンに登場する超高層ビルとして当初選ばれていたクライスラービルのシーンを横取りしたと言われています。