電車で簡単に行けますが、魅力あふれる場所というわけでもないイギリスの小さな町です。
では一体、なぜこの場所はこんなにも重要で有名なのでしょうか?
実はここは20世紀のヨーロッパの歴史の鍵を握った場所なのです。
映画『イミテーション・ゲーム』を見たことがある人なら、何の話かピンと来ていることでしょう。
この町にあるブレッチリー・パークは、第二次世界大戦中にイギリス軍が最高機密基地に選んだ場所で、イギリスの超一流の暗号解読専門家たちはここでナチスのメッセージを解読し、敵の動きを事前に察知しようと奮闘したのです。
軍事機密が解除された現在、ブレッチリー・パークは美しい博物館となっていて、多くの人が忘れ、歴史学者しか知らない話になってしまうはずの、この場所の驚くべき過去をたどることができるようになっています。
ブレッチリー・パークの建物
ここでは常に観光客の興味を引く体験を提供しています。パネル展示と音声ガイドシステムにより「『1940年代の雰囲気』を満喫」させてくれますし、「秘密の暗号」解読にチャレンジして暗号技術の知識を深めることもできます。
『イミテーション・ゲーム』で描かれた内容とは異なりますが、1940年代、ここでは実にさまざまなことが行われていて、その多くは暗号化されたメッセージの解読を担当した人々によってなされていました(ひとつだけではないのです)。
まず、何人かの専門家たちがナチスのメッセージを傍受し、主にモールス信号で伝達し、文字に書き起こします。
集められたメッセージはタイピングされ、第3ビルに運ばれます。ここでは解読と、英語で意味が通るようにドイツ語からの翻訳作業が行われました。
そして最後に第6ビルで、軍で任務にあたる人たちに伝えるために解読されたメッセージが書き直されました。
取り扱う情報の性質上、メッセージの解読は秘密にしておく必要がありました。そして、確かにアラン・チューリングは決定的な役割を果たしました。彼が考案したチューリング・マシン(計算機)は作業効率を向上させたので、連合国は強力な諜報ツールを手に入れることになったのです。
しかし、このチューリング・マシンの重要性がいっそう明確になったのは、彼がブレッチリー・パークでエニグマの仕組みを解明したときでした。
エニグマとは、かつてナチス軍があらゆるメッセージを暗号化するために使っていた秘密の「言語」のことです。言い回しだけ見れば無害のように思えますが、悪魔的戦略の宝庫でした。ブレッチリー・パークではエニグマ暗号機のあらゆるモデルをあちこちに展示しています。
エニグマ暗号解読機
大切なのは、イギリス軍が対処しなければならなかったことと、その実現に向けて彼らが収集しなければならなかった情報量を知ることにあります。
エニグマ暗号機は2つのキーボードを備えたタイプライターで、紙に印字されたメッセージは必ず5つのアルファベットと組み合わされます。
下部のキーボードのキーを打ち込むと、実際にタイピングした内容が上部のキーボードに点灯する仕組みです。上部には3枚のローターがあり、それぞれ26通りに設定することができます。
つまり、エニグマ暗号機はもともと26×26×26通り、合計17,576通りの組み合わせを作り出すことができたわけです。
簡単にいうと、Aのキーを押しても、ローターの設定位置に応じて別のアルファベットに変換されます。
ところが、オリジナルのエニグマタイプライターはさらに複雑なものでした。タイプライターのキーを押すと、打ち出される文字はローターの設定位置だけでなく、ワイヤーを調整するリングにも左右されるものだったからです。
例えば当初の入力内容がAで、それがGと変換表示されたとしたら、それはローターと電気信号を通すワイヤーの複合作用による電磁的選別の結果なのです。
もともと、ローターの位置だけに依拠する場合でも、17,576通りもの組み合わせが可能になることはすでに説明しました。
これに電気の複合作用が加われば、組み合わせの数は増加します。一体どれくらいになったと思いますか?
なんと数百万通りにもおよんだそうです。
大勢のタイピストがここで勤務していました
タイピストチームが総力で日夜、メッセージの解読に励んだとしても、暗号解読には100万年くらいかかったことでしょう。
しかも、ナチスが毎朝6時に暗号を変更していたことを考慮すると、この作業がどれほど膨大なものだったかよく分かります。
毎朝6時から真夜中まで、チューリングのエニグマ暗号解読機による暗号の解読、組み合わせの収集、単語に含まれる何百万ものタブの蓄積、文字への変換が行われました。
多くの歴史学者は、ここブレッチリー・パークでのチューリングと彼の仲間の専門家たちの働きによって、第二次世界大戦が数年間短縮されたと推測しています。
私個人は銀行のカードのPINコードを覚えるのがやっとという状態ですし、背景にある科学は多くの人にとってもかなり複雑怪奇なものだと思いますが、それでもここは魅力的な場所だと断言できます。
チューリングが考案した暗号解読機「ボンベ」