アイデアは人の周囲にいる幽霊のように、目に見えず気づかれることなく何日も何か月も何年も存在し、ある瞬間、思いがけないタイミングで思いがけない手段や形をとって姿を現すことがあります。
こうした現象は文学の世界で多く見られます。
ロバート・L・スティーヴンソン(1850年~1894年)からJ・K・ローリング(1965年~)に至るまで、英国の何千という作家が、列車に揺られている間に思いついたアイデアや、招かれざる客の訪問や子どもの描いた絵に着想を得て、後に名作と謳われる作品を生み出してきました。その一人、マイケル・ボンドは、70年ほど前のあるクリスマスイブに店の棚に残されていたテディベアに創作のヒントを得ました。
どんなストーリーがあったのでしょう。
妻へのプレゼントを探して、クリスマスの装飾に彩られたロンドンを歩きます。パディントン駅近くの店で、棚にぽつんと残されたかわいそうな小さなクマのぬいぐるみに目が留まり…家に買って帰ります。純粋に楽しむためにそのぬいぐるみに名前をつけ、冒険譚を書き始めて…10日後には完成し、悪くないなと思い出版社に送ります。物語はその後、数年のうちに本となって30カ国語に翻訳されます。
これは、英国の古典児童文学『くまのパディントン』、まさに英国を代表する作品の誕生にまつわるお話です。心惹かれるすてきなエピソードですね。
ボンドのこうしたアイデアから生まれた『くまのパディントン』。ちょっとした行動から騒動を巻き起こすのが得意な、愛すべきキャラクターは、今なお世界中の子どもたちを惹きつけてやみません。
まだご存じない方のために紹介しますと、パディントンは、とてもすてきな小さな面白いクマで、ペルーからスーツケース一つを携えて英国にやって来ます。「どうぞこのくまのめんどうをみてやってください。おたのみします」と書かれた小さな札を首から下げて。
さて、パディントン誕生にまつわるお話をおしまいにもう一つ。ロンドンの歴史のとても悲しい一面を思い起こさせるものです。
作者であるボンドは、第二次世界大戦中、爆撃や戦時による危険から逃れるために子どもたちが列車に乗せられロンドン市外へ運ばれていく様子を目にします。これがパディントンの物語の原体験になっています。
木のボタンをあしらった青いダッフルコートに赤い帽子が目印。ロンドンで遭遇したら、すぐに気づくはずです。
好物はオレンジマーマレードとホットチョコレート、行く先々で騒動を巻き起こす天才でもあります。
とても優しくて礼儀正しいのに、持って生まれた性分なのか、必ず騒動が起こります。でも幸運なことに、どうにかしてその場を切り抜けていきます。
さて、パディントンと呼ばれるエリアもウェストミンスター地区に存在し、ハイドパークの北、メリルボーンの西に位置します。
年月を経て現代的な楽しいエリアに変身し、レストランが軒を連ね、すてきなパブのほかミュージアムも数館あり、さまざまなアート・インスタレーションにもお目にかかれます。
パディントン駅からも近く、地下鉄の連絡がよいので、毎日何千という人がこの駅からロンドン中心部の職場まで向かいます。
駅には、有名なパディントンの銅像があり写真撮影もお勧めですが、駅ビル内にある『くまのパディントン』公式ショップ「パディントンベア・ショップ」もぜひ訪れたいスポットです。店内にはお土産グッズのほか、パディントンについて書かれた本がずらりと並んでいます。
パディントン駅から緑色のディストリクトラインに乗れば、物語によく登場するポートベローにも行けます。アンティークや現代の品々、ビンテージの服やアクセサリーで有名なマーケットがあります。
ロンドンでは、パディントン駅のパディントン像からスタートして本によく出てくる代表的なスポットを巡る2時間ツアーにも参加できます。
こうしたコースでは、映画のロケ地や本でお馴染みの場所を訪れることができ、当然ながら、パディントンに関する知識試しをするのも楽しいですね。
また、『くまのパディントン』をテーマにしたアフタヌーンティーを提供するお店もあります。