この国の国民保健サービス(NHS)は、長らく福祉国家の要と考えられてきました。
欧州最大の雇用組織で、従業員数は100万人を超え、全国の国民に同等のサービスをほぼ無料で提供しています。
近年、英国でも、医療サービスが大幅に「削減」されたために予防プログラムの推進に問題が生じたり、コロナ禍の緊急事態には不要不急のサービスが一時停止されたり、などといった状況が見られました。
その一方で、国民全員が医療を利用できる仕組みを推進する欧州諸国の中でも、英国のNHSはメンタルヘルスの維持・増進や心の病気の予防に関する最先端プロジェクトにおいて群を抜いており、重度の精神疾患から軽度の心の不調に至るまで幅広い範囲を対象とした取り組みを進めています。
全般的に、英国政府は公的部門ではメンタルヘルス部門に十分な資源を割り当てており、国民はそのサービスを利用しやすい状況にあります。まず、家庭内暴力やネグレクトなどの子ども虐待、その他の家族間の問題や、心理的なトラウマ全般など、社会的に弱い立場にある人々に対する支援が提供されています。
加えて、産後間もない女性や、うつ病、反復性の高い不安障害と診断されたすべての国民にも精神的なサポートが無料で提供されています。
2005年にNHSによって設立されたプログラムは政府および民間から資金提供を受けて、多くの公衆衛生システムが抱える課題の克服に取り組んできました。例えば、療法士の不足による公的サービスの利用のしづらさや待機時間の長さ、また、経済的な理由から民間サービスを利用できない人が多いといった問題です。

政府機関の統計によれば、障害をもつ人のうち心の病気を抱える人は約4割で、職場では病気による欠勤日数の4割を占めています。これにより経済に生じる損害は総額約700億ポンドとされ、およそ半分が税金で賄われているのが現状のようです。
一般開業医(GP)は、パンフレットを使ってメンタルヘルスの維持・増進や心の病気の予防に関する情報を提供しています。
妊娠中の女性に対しては、助産婦も精神的なサポートを行う役割を担います。
妊婦が心理的な苦痛を感じたり、産後のうつ病を発症したりしている場合、助産婦が専門家を紹介します。
一般的な心理的支援については、心理療法士や心理士、一般開業医の間で継続的に連絡を取り合える連携体制での対応が重要視されています。
近年、緊急時には、かかりつけ医へ相談するのではなく、最寄りのセンターに直接連絡して公的な心理的支援が受けられるようにもなりました。こうした方法により、人々の支援要請への迅速な対応が図られています。
また、公的制度を支援するため、英国では心の病気に取り組む多くの団体(慈善団体)が存在します。こうした団体では、緊急連絡先の電話番号を設置し、電話やインスタントメッセンジャーアプリを使った緊急時の対応も行っています。
現在、医療費削減やポストコロナの緊急対応を経ても、NHSは引き続き無料でサービスを提供していますが、本格的な心理療法を受けられるまでの待機時間はかなり長くなっているのが現状です。
それでも、英国のNHSは、依然として多くの国が目指すモデルとなっています。英国でメンタルヘルスに費やされる資源の充実度を見れば、イタリアは同国に遥か及ばないことがわかります。
これはイタリアの経済資源が不十分であることだけが理由ではありません。固定観念を打破し、人々の心の健康状態を真に考慮したうえで、精神的な豊かさを優先事項とする必要性を踏まえて、心理療法へのアクセス拡大の余地を生み出す豊かな基盤が形成されていないことが大きな要因でしょう。