• 2016.03.15
  • 66回目のベルリナーレとデヴィッド・ボウイ
2月のベルリンといえば、ベルリン映画祭の開催月です。66回目を迎える今年は、2月11日から21日に亘って開催。この時期がくると、たまにイレギュラーな委託仕事として、アーティストやフィルムダイレクターのケア業務などが入ってきたりするのですが、その度に新しい映像クリエイターたちに出会うことができます。日本人クリエイターの方々とこのベルリンの地で親睦を深められる良いチャンスの場です。
今回のベルリナーレでは、長い癌との闘病生活の末、1月10日に天命を全うしたデヴィッド・ボウイが大フィーチャーされています。ちょっとベルリナーレの宣伝っぽくなりますが、内容をご紹介すると、フリードリヒシュタット・パラストという大劇場で『The Man Who Fell To Earth』がスクリーニングされたり、その他ベルリナーレの会場では『Rock and Roll Heart』、『30 Century Man』、『Let’s Dance: Bowie Down Under』を上映。「アウディ・ベルリナーレラウンジ」では『Christiane F.』のフィルムダイレクター、ウルリヒ・エーデルを呼んでのトークセッションなど、この、分かっている人が編成したであろうプログラムという感じが非常に好感が持てます。
 
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撮影:ヒラノミドリ

デヴィッド・ボウイとベルリンの関係については、Wikiや有名な方々がたくさん著述されているので述べるまでもありません。ですが、私が初めて西ベルリンを訪れた時に、たまたま彼も西ベルリンに来ていました。
まだまだ冒険心溢れる子供の頃の私にとって、その事件がベルリンを魅力的に謎めかせるほどトラウマとなり、東西統一直後のベルリンにも導かれ、それから十数年後にはそこに住んでしまうというきっかけの一つになっていました。
人生で初のヨーロッパ旅行。それが当時、東西に分かれていたベルリンでした。周囲を東ドイツに囲まれていた陸の孤島、西ベルリンへ。西ドイツ領から列車で移動。西ドイツ領内を走っている時は乗り合わせた西側のドイツ人たちとデヴィド・ボウイの『Hero』を一緒に歌ったり・・・。
ところが一旦東ベルリンへ入った瞬間、ピタリと歌うのをやめました。するとライフルを持った東ドイツの軍隊が乗り込んでくるやいなや、チェックポイントとしてパスポートを見せるよう要求されます。別にスパイとか犯罪を犯していなければなんてことないのですが、まだまだ若輩の経験少なめな十代の私としては、そんなシーンによって、当時のグローバル・パワーバランスというものを俯瞰させられ、その衝撃が深く心に残っています。

今回のベルリナーレ、日本からは私の大切な友人もノミネートされ出品することになりました。ボウイと友人の競演の場となりそうで、今までのベルリナーレで最も感慨深い時間を大切な人々と過ごせそうです。

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数少ない日本からのノミネート作品のひとつ『Vita Lakamaya』の泉原昭人監督とサウンドトラック担当ヒラノミドリ氏と昼食のひととき。


特派員

  • 羽生 和仁
  • 年齢午( うま )
  • 性別男性
  • 職業キュレーター、メディアアートマネージメント

2001年ベルリンにて、メディアアートのキュレーションレーベルonpa)))))を設立。世界各国のアーティストやフェスティヴァルとの人脈を構築。ベルリンと東京のジェットセッターとして活動中。

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