• 2017.02.14
  • 現実と作品との境い目が溶けてしまった展覧会
 美術館のエントランスを通過するやいなや「狐につままれた」。美術館に入ったというのに、何も無いではないか、という空間に突入している。

 ここはベルリンで最もエスタブリッシュな美術館のひとつ、マーティン・グロピウス・バウ(Martin-Gropius-Bau)。グロピウス・バウでは例えば2014年にデヴィッド・ボウイのエグジビションを鑑賞した。その時は、ディレクションを行ったノイマン&ミュラー(Neumann & Mueller)社の度肝を抜く空間作りのクオリティに感動した。onpaでも、その後スポンサーを募って日本でこの展示会を企画しようとしたが、結局情けないことに賛同者に巡り会えず仕舞いで、そうこうするうちに、ボウイはこの世を去って行った。個人的に、その他にも沢山の刺激を与えてくれる美術館だ。

 さて、今その美術館で観ようとしているのは、オマー・ファスト(Omer Fast)というメディアアーティスト。ビデオ、フォトグラフなどを素材に作品をクリエイトしている。
さっそく美術館に入ってみる。狐につままれたようだ。こう言いたくなる妙な感覚は、実はこの展示会の特徴をストレートに表現している。
目の前に現れたのは待合室のような空間。まるでベルリンの役所で僕が滞在ビザの延長手続きを行う際に待たされる場所。「え、ここは作品の展示会場ではないの?」「えっと、ここで何を待つんだろう。何か待ってないといけないのか?」
なんてことになってしまう。しかし、いや、これがすでに作品なのだ。

 五脚連座型の赤い椅子には、さりげなくジャンパーとニットキャップが掛けてあったり、天井から吊り下げられているテレビモニターには、ニュース番組の映像と、役所で次の順番を待つ人向けのウェイティングナンバーが映し出されたりしている。雑誌も無造作に置いてあって、「なんで美術館の展示ルームにこんなドイツの下世話な大衆雑誌が置いてあるんだ」と思ってみると、これは大衆雑誌に似せた作品のひとつだった。

 また彼は、フィルム作品やメディアで繰り広げられる物語と現実世界との境界、そして現在の出来事と歴史的な出来事の境界などに、ある種の疑問を抱かせるようなナレーションを映画に吹き込んでいる。それにより、いま自分がいる空間と作品との奇異な関係性を否応でも意識させられる。 僕の頭の中は、こんな空間で、目に映っているものが作品なのか現実社会の某所なのかの整理が付かず、それでもなんとかその風景を構成しているモノ同士の辻褄を合わせようと、必死に自分を納得させつつ、一方で、地味に精神不安定になっていくのだ。おかしくてたまらない。もう何がなんだかわからない。まったく理解不能。彼は、ドキュメンタリーとフィクションの間にこんなコンフリクトを持ち込み、鑑賞者を戸惑わすインスタレーションアーティストだ。これこそ、ある意味インタラクティヴ・メディアアートではないか。
 またマーティン・グロピウス・バウに、超刺激的でクリエイティヴな一発を打ちのめされた1日だった。オマー・ファストのベルリン初の大個展。プロジェクト7作品が2017年3月12日まで展示中。

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特派員

  • 羽生 和仁
  • 職業キュレーター、メディアアートマネージメント

2001年ベルリンにて、メディアアートのキュレーションレーベルonpa)))))を設立。世界各国のアーティストやフェスティヴァルとの人脈を構築。ベルリンと東京のジェットセッターとして活動中。

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