• 2015.09.11
  • ベルリンの路地裏・キーツ
前回、街角のシュペートカオフは、キーツ住民の井戸端のような役割を持っていると、お話ししました。今回はこの『キーツ』について、もう少しご紹介したいと思います。

本来であれば、まずはこのキーツという語の定義から始めるべきでしょう。しかし、キーツという語の、ベルリンでの使われ方は、大戦以降に始まったもので、近年の不動産価値上昇により語感も変化しています。そのような状況をざっとお話しすることで、私なりの語の理解も伝わればと思います。

私がベルリンに来てまだ1週間程だった頃、初めて出来た友人に、繁華街で一番流行っている所に連れて行って欲しいと頼みました。東京渋谷で育った私は、わざわざ地下鉄を乗り継いで行った飲屋街のずいぶんと寂しい感じに驚かされたものです。5階建て石造りの建物が並ぶその通りは、10軒に一軒程の間隔で、ドイツの居酒屋・クナイペが入っており、薄暗い道に人通りもまばらでした。駅周辺に飲食店が溢れ、夜中もネオン鮮やかな日本と違い、衣料品店などが並ぶ大通り沿いは、夜はひっそりと静まり返っています。クナイペはむしろ、表通りから一歩入った場所に多く、店内の灯りも蝋燭などを多用し、暖かみのある落ち着いた雰囲気の店が一般的です。
駅周辺であれば、「渋谷へ行こう」「梅田で遊ぼう」と分かりやすいのですが、奥まった一角を名指したい時には、これを呼ぶ名前が必要です。そこで、最も栄えた通りや、目印となる教会の名などを取り、その一帯を示すのが『キーツ』です。
地区の雰囲気は、住む人によって特長づけられる部分が強く、芸術家の多いリヒャード・キーツ、ゲイの多いヴィンターフェルド・キーツ、失業者の多いボイッセル・キーツなど、ここでは割愛せざるを得ない程に話せば長い、建築物にも立地にも関わる流れがあります。

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あれから十余年、首都移転も完了に近づき、観光客は倍増し、そういったクナイペとクナイペの間を埋める様に、小洒落た店構えのカフェやアートギャラリー、ブティックやデザイナーショップが急増しました。一帯が「オシャレ」というステイタスを得れば不動産価値も上がります。近年では、不動産業者によるキーツのブランド化も甚だしく、○○キーツに住んでいるなどと言うとき、家賃上昇に加担しているような後ろめたさを感じる様になりました。

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6月にはヴランゲル・キーツで、こういった不動産価格高騰に反対するデモがありました。そもそも労働者階級とトルコ移民を特色としていたヴランゲル・キーツは、ここ数年の間にオシャレで気取った一角へと変貌しつつあり、28年前からやっている八百屋がテナントから追い出されそうになっています。デモでは、この「我々の店」という名の八百屋ビズィム・バカルを、古き良きキーツの象徴とし、「ビズィム・キーツ(私たちのキーツ)」をモットーに、キーツのブランド化・無機質化に反対する人々が路上に集まりました。

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このように、尽きない話をもっても言い表し切れないキーツを、それでも定義しようとするならば、「一定の経済的境遇と政治的意識を共有する居住者の帰属意識と自己主張願望を伴い、建築物・街並に何かしらの特色を持った一帯」もっと搔い摘めば「路地裏的な愛着を持たせる地元」と言ったところでしょうか。

特派員

  • 渡辺 玲
  • 職業通訳、中華料理店店長代理

ベルリン自由大学の修士課程を卒業。専門分野は、映画理論、ドイツ新現象学、神経哲学。ベルリン在住13年目、住んでいると当たり前になってしまうベルリン生活を、皆さんへご紹介することで再発見していきたいと思っています。

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