ピカソの絵に215億円|山田 進|ナレッジワールドネットワーク|アクティビティ|ナレッジキャピタル

  • 2015.06.12
  • ピカソの絵に215億円
5月11日、ニューヨークにある美術品オークションのクリスティーズで、パブロ・ピカソの描いた『アルジェの女たち』が215億円で競り落とされました。これは絵画取引市場最高値だそうです。

[caption id="attachment_511" align="aligncenter" width="350"]写真1:落札された『アルジェの女たち』(15連作の内の0番バージョン) 写真1:落札された『アルジェの女たち』
   (15連作の内の0番バージョン)[/caption] スペインが生んだこの天才芸術家は、油彩、水彩、デッサン、版画、挿絵などの絵画や彫刻、陶器、舞台美術に舞台衣装、レストランのメニューデザインまで、多彩な才能で総数14万点以上に及ぶ作品を残し、ギネスブックに「最も多作な芸術家」として登録されたほどです。

また、私生活では恋多き人で、沢山の女性とお付き合いしたそう。正式な結婚は二度ですが、4人の子供を授かりました。1人目は最初の妻オルガとの間にパウロという男の子。2番目の子供は愛人マリー・テレーズとの間にできた女の子マヤ、3番目の息子クロードと4番目の娘パロマは愛人のフランソワーズとの間にできた子供です。

[caption id="attachment_512" align="aligncenter" width="350"]写真2:最初の妻オルガさんピカソ美術館HPより 写真2:最初の妻オルガさんピカソ美術館HPより
    http://www.museopicassomalaga.org/[/caption] 彼の死後、手元に残していた膨大で高価な作品群を相続した家族も大変で、相続税の納付だけでも一苦労だったそう。結局は作品をフランス政府に現物納付して、それらを基にパリのピカソ美術館ができたとか。ところが、最初の息子であるパウロの妻・クリスティーヌさんとその息子、つまりピカソの孫であるベルナールさん親子は、自分たちが亡くなった時に再び現物納付で政府に差し出すよりも、生まれ故郷のマラガに美術館を作る方がピカソの望郷の想いに応えられると考えました。そこで、相続した作品155点を寄贈、48点を10年間貸与という形で、スペインのアンダルシア州政府と協力してマラガのピカソ美術館を開館させました。ピカソが亡命先の南フランスで亡くなってから、ちょうど30年目の2003年10月27日のことです。

 
   

ピカソ第一子パウロ君

   
           
  • 写真:3
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  • クリスティーヌさんの旦那様になるピカソの第一子
    パウロ君
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3歳のマヤちゃん

   
           
  • 写真:4
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  • ピカソの第二子マヤさん、3歳の頃
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開館当時、私はピカソ美術館取材の通訳の仕事で、クリスティーヌさん御一行が宿泊されていたマラガのホテルの玄関にいたところ、所在なさげに佇むおば様がいらっしゃいました。お話を伺うと「夏時間から冬時間に変わったのを忘れて1時間早く待ち合わせ場所に来てしまった」と。なんとこの方は、ピカソ2番目の子供マヤさんその人だったのです。

[caption id="attachment_515" align="aligncenter" width="350"]写真5:68歳のマヤさん(父ピカソの写真の前で)ピカソ基金、ピカソ生家博物館のHPよりhttp:fundacionpicasso.malaga.eu/写真5:68歳のマヤさん(父ピカソの写真の前で)
   ピカソ基金、ピカソ生家博物館のHPより
   http://fundacionpicasso.malaga.eu/[/caption] 10月も終わりに近づいた日曜日の朝に、地中海の陽光輝くマラガの爽やかな空気の中で、金髪おば様と坊主頭の東洋人が一流ホテルの玄関前にしゃがみこんで、なにやら世間話をしている姿は若干シュールな景色だったかも知れません。とりとめのない話の中でも印象的だったのは、彼女が生まれた時の事でした。無呼吸状態で死産と間違えられたそうです。これはお父さんのピカソも一緒で、出産時に息が無く諦めかけられた時に、医者だったピカソの叔父さんが葉巻の煙を吹きかけてくれたおかげで、ようやく生き返ったとか。「こういう事は遺伝するのね」とあっけらかんとおっしゃっていました。

・・・と、今回は個人的な思い出話で失礼しました。

特派員

  • 山田 進
  • 年齢寅( とら )
  • 性別男性
  • 職業スペイン語・日本語通訳

スペイン政府より滞在許可と労働許可を頂き、納税・社会保険料納付をはじめて早37年。そろそろシルバー人材センターへの登録も視野に入った今日この頃、長い間お世話になったこの国のことを皆様にご紹介できることを楽しみにしています。

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