昨日4月7日のスペイン全国紙ABC日曜版文化欄に以下のような見出しの記事が掲載されました。
“今週、プラド美術館で起こった、来館者と《エル・エスコリアルの聖母》とのまるで映画のような再会。”
日本人女性の命を救ったムリーリョの絵画
芸術は何の役に立つのか、という問いかけから始まり、その一つの答えとしての逸話が紹介されています。
今週4月4日、マドリードのプラド美術館を訪れたある日本人女性、入館すると至宝とも称されるベラスケスやエル・グレコの作品群が展示されている部屋を素通りして、一目散にムリーリョという17世紀に活躍したスペインの宗教画家の展示室へ向かいました。そこで『エル・エスコリアルの無原罪の御宿り』という聖母マリアを題材とした作品と再会できるはずだったのです。
エル・エスコリアルの無原罪の御宿り プラド美術館HPより
今から13年前の2006年、人生に絶望し生きる望みを失いかけた時に大阪市立美術館で開催されていたプラド美術館展で出会ったこの作品が「こんなに美しい物が存在するこの世ならば、生き続ける価値があるのでは」と勇気を取り戻すきっかけとなった、いわば命の恩人でした。
ところが展示室には見当たらず、途方に暮れて泣き崩れていた彼女を警備員もなすすべもなく見守っていたそうです。そこに、いつものように入館者の様子を観察するために巡回していたファロミール館長が偶然通りかかりました。はじめは言葉の問題もあり要領を得なかったのですが、少なくとも彼女が日本人だと分かったので、プラド美術館唯一の日本人職員である修復部の和田女史に応援を求めてようやく事態を把握するに至りました。
実はこの作品、画家の故郷であるセビリアの美術館で開催されていた“ムリーリョ生誕400年周年記念展”に貸し出されていて3月末にプラド美術館に返却され、館内の保存修復工房で額縁の手入れ作業中のため、常設されていた部屋に展示されていなかったのです。そこでファロミール館長は特例として彼女を工房へ案内し、文字通り間近でのご対面が叶いました。そして今度は再会の喜びで涙されたそうです。重なり合った偶然、館長のご厚意や日本人職員の存在など、運命的な再会の舞台裏におもわず“聖母の慈愛”とか“思し召し”などという言葉を思い浮かべてしまいました。
一枚の絵、一つの展覧会にも人の命を救い人生を変える力があると教えていただいたような気がします。
Bartolomé Esteban Murilloバルトロメ・エステバン・ムリーリョ(生Sevilla 1618-没Sevilla 1682)