賞はお決まりのブロンズ、シルバー、ゴールドと続きゴールドラベルの中から88品のスーパーゴールドが選ばれます。そして最終的に250人の審査員を代表する16人の特別審査員によりスーパーゴールド受賞チーズの中からさらに16のベストチーズが選出される仕組みです。そのベストチーズ部門で最高点を獲得したのは写真1.の山羊チーズ“OLAVIDIA”です。真ん中に走る黒い筋はオリーブの種を炭化させた粉で、殺菌効果や水分調整等の役割があるそうです。フランスのシェーブル(山羊)チーズやモルビエチーズを思い起こされる方もいらっしゃるでしょう。直接味覚に訴えるというよりは食感にも関係してくるのかな。
写真1
このチーズはスペイン南西部、アンダルシア州の北部に位置するハエン県のシエラ・モレナ山脈の麓にある人口3000人に満たない小さなグゥアロマン(Guarromán)村で製造されています。村を離れて都会暮らしをしていた若いカップルが故郷に戻り、代々家族が守っていた山羊の自然放牧の伝統を継いで後世に伝えようと2017年に始めた出来立てほやほやのチーズ工房です。原料となるのは工房所有の300頭のマラガ種と呼ばれるスペイン固有種の山羊乳のみで、ハエン県の南部ムーレス( Mures)村近辺のシエラ・デル・トゥリゴ( Sierra del Trigo)小麦山 という丘陵地でエニシダ、タイム、ドングリ、オリーブの葉、自然の干し草などを餌にして山地酪農方式で育てています。
写真2
写真2.で山羊のお母さん達をご覧いただいても想像できますが、マラガ種山羊は良質で多量の乳を出すことで知られています。そして受賞チーズに使用されているオリーブの炭ですが、オリーブは地元ハエン県の特産品で生産量世界一のスペインの中で50%はハエン県産です。その量はなんと世界オリーブオイル生産高の20%に相当するそうです。このチーズに込められたできる限り地元の産物を使用するというポリシーが窺えます。
この7人の仲間たちの小さなチーズ屋さん、その名は“Quesos y Besos”英語に訳せば ”Cheeses & Kisses”,“チーズとキス”なんとも微笑ましいネーミングで世界一を獲得しました。それだけでなくベスト16チーズの得点第6位にもこの工房のチーズが選ばれたのです。それが写真3.の “CAMENBESO”でフランスのカマンベールチーズとおなじ白カビタイプの山羊乳チーズです。それにしてもベスト16品中2品も同じ工房の製品が受賞するとは開催国という強みがあるにしろ快挙と言えますよね。他の14品は一つを除いてすべてヨーロッパ勢が占めました。
写真3
そのヨーロッパ勢に食い込んだ一品が長野県から出品されたブルーチーズ“翡翠”です。日本から参加するには11月3日の審査開始までに日本国内集荷、輸出検査、輸送、スペイン(EU)輸入検査、検疫、会場搬送等々で3週間以上の日数がかかるのに比べて、例えば1位と6位を獲得した“チーズとキス”社の参加チーズは工房から会場まで高速道路を乗り継いで726㎞約6時間30分で到着です。11位に入ったチーズはベスト16に入ったヨーロッパ勢の中で、会場から一番遠いスウェーデンのAlmnäs Bruk AB社の製品ですが、それでも陸路で3000㎞約30時間で到着します。
鮮度や熟成期間、温度変化などが影響するチーズコンテストでは輸送の問題を考えるだけでも極東日本からの参加が如何にハードルが高いか想像に難くありません。そしてそのようなハンディキャップを乗り越えて出品された37品の内14品も入賞し、改めて世界に日本チーズのレベルの高さを証明しました。
ところで今回ベスト16に入賞した日本の“翡翠”は青カビを使って熟成させるブルーチーズというタイプです。この種類ではフランスのロクフォール、イタリアのゴルゴンゾーラ、イギリスのスティルトンが世界3大ブルーチーズと呼ばれていますが、今回チーズ祭りが開催されたアストゥリアス公国州にも素晴らしいブルーチーズがあります。生産されている自治体の名前からカブラレスチーズ(Queso de Cabrales)と命名されていて、今回入賞したカブラレスチーズはゴールドラベル2品、シルバーラベル5品、ブロンズラベル1品でした。ちなみにこのカブラレス地区は会場のオビエド市から東は120㎞、車で1時間30分で到着です。
図表1
この図表1.に書き込んだのは会場となったオビエド市、チャンピオンチーズとベスト16にも選ばれた工房のあるグゥアロマン村、原乳を提供してくれるマラガ種の山羊達が自然放牧されているムーレス村、そしてカブラレスチーズの原産地呼称保護指定地域です。
このチーズの特徴の一つは前述の世界3大ブルーチーズが人の手によって青カビを混入させるのに対して、カブラレスはカードという“おから”状の凝固乳を成形する際に無理に圧縮せず内部に空洞をもたせて、そこに熟成させる洞窟に存在する菌が人手を介さず自然に入り込んで繁殖させるという事だそうです。ピコス・デ・エウローパ という石灰岩の急峻な山に囲まれた地域で、海抜1500メートル付近の自然にできた洞窟内は一年を通じて湿度90%、気温8度~12度のカブラレスチーズ熟成には理想的、と言うかそこでしか出来ない環境です。
林檎酒(sidra)、白隠元豆煮込み(fabada)及びこのチーズ(cabrales)がアストゥリアス人誇りの三大郷土食、彼らの自己存在証明(アイデンティティー)でもある三種の神器とも言えます。そんな思い入れ満載のチーズですから、毎年夏に地元でコンテストが開催されます。2018年に開催された第48回カブラレスチーズコンテストでは、オークションでカブラレスチーズ“Valfriu”の落札価格が14,300ユーロ(171万6000円)、1キロ当たり6,085ユーロ(76万625円)と破格のお値段でギネス記録に世界一高価なチーズとして登録されました。しかし翌年2019年の同コンテストでは前年記録をはるかに超え、ワンピース2kgの“Arengas”の落札価格が2万500ユーロ(266万5000円)、1キロ当たり1万250ユーロ(133万2500円)のご祝儀相場で今のところ世界で一番高価なチーズとなりました。
https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/549138-most-expensive-cheese-sold-at-auction
この実勢とかけ離れた破格のご祝儀価格は日本でも一匹500万円のブランド松葉ガニ“五輝星”、や原木一本143万円のスペイン産の生ハムながら日本だけのコマーシャルブランド“レアル・ベジョータ”等、多々見受けられますね。
写真4
写真4.はブランドに弱いベテランミーハーでアストゥリアス居住経験もある私としては試食したくなり、見つけた18年度ギネス登録、今では世界で二番目に高価な“Valfriu”(*)です。 もちろん通常価格でネット購入、左は洞窟熟成6か月のスペシャルエディション250g 8.75ユーロ(約1100円)右は2018年にカブラレスコンテスト優勝作250g4.45ユーロ(約600円)。とても人の口に入る食品とは思えない外観ですし、真空パックを開封した途端、部屋中に広がる独特の臭い、多くの人にとっては耐えがたい悪臭かもしれませんが、くさやの干物や臭豆腐に目のない私には食欲をそそる匂いです。強烈な香りと刺激的な味で、変態的嗜好と言われてもあえて反論はできません。
(*)今回のWorld Cheese Awards 2021ではシルバーメダル獲得しました。